人間国宝・大倉源次郎が語る~『第2
5回能楽座自主公演 藤田六郎兵衛を
偲ぶ会』

2019年9月7日(土)に東京・国立能楽堂で自主公演を行う能楽座は、能楽の継承と創造について考え行動していくことを目的として、関東と関西、流派といった枠組みを超えて1995年に結成された。現在の同人は、シテ方の大槻文藏と梅若実と観世銕之丞、ワキ方の福王茂十郎、狂言方の野村萬と野村万作と茂山千作、笛方の松田弘之、太鼓方の三島元太郎、小鼓方の大倉源次郎の10人で、いずれも各流各派を代表する役者・演奏家である。
25回目となる今回の自主公演は、昨年逝去した笛方藤田流の藤田六郎兵衛を偲ぶ会として開催される。藤田は、能楽笛方藤田流十一世宗家として第一線で能楽界を牽引すると同時に、大学は声楽科を卒業し、ミュージカルに主演するなど西洋音楽への造詣も深く、精力的に幅広い活動を続けていた。2017年には横浜能楽堂とニューヨークで上演された、能とコンテンポラリーダンスのコラボレーション作品『SAYUSA―左右左』に能管演奏で出演、2018年には狂言風オペラ『フィガロの結婚』の新演出を担い、オペラと能楽と文楽を融合させ好評を博すなど、他ジャンルとの交流も積極的に行い、これから能楽の新時代を築く一人として期待が集まる中での、64歳という早すぎる死だった。
藤田への追悼の思いを込めた今公演について、彼と10代の頃に出会って以来、能楽座の同人として活動を共にしたり、『SAYUSA―左右左』では音楽監督を務めるなど、長年深い交流のあった大倉源次郎に話を聞いた。
能楽の実績と洋楽の才能を持ち合わせた藤田六郎兵衛さん
大倉源次郎
ーー今公演が、能楽座同人でもあった藤田六郎兵衛さんを偲ぶ会ということで、六郎兵衛さんがどのような方であったのかご紹介いただけますか。
彼は生まれてすぐに、お祖父さん(十世宗家藤田六郎兵衛)に引き取られて、4歳から笛の修行をして5歳で初舞台を踏みました。それでいて音大の声楽科に入って首席で卒業するという、お祖父さんに叩き込まれた能楽というものと、後に学んだ洋楽というものを一つの身体の中に共存させていたようにお見受けしました。20代の頃から能楽の自主公演を活動の主軸にしながら、ミュージカルに主役で出たり、洋楽の中で能管を吹いたりしていましたが、それらはあくまで能楽と洋楽とジャンルを分けて別々に活動していました。しかし50歳を過ぎたあたりから、その2つ、能楽と洋楽がいい形で化学反応を起こし始めるんです。ここ数年ですと、僕と一緒に能舞台でイタリア人演出家の『SAYUSA―左右左』という作品をやったり、吉永小百合さんと坂本龍一さんが開催した『平和のために~詩と音楽と花と』というコンサートで坂本さんのピアノと共演したり、それらの活動の集大成が昨年の『フィガロの結婚』の演出だと言えるのではないでしょうか。彼の洋楽の才能と能楽の実績とが見事にミックスした舞台が完成したことは、彼の生い立ちを見ていくと非常に面白いプロセスだと思います。
ーー昨年、肝臓がんで亡くなられましたが、ご病気は急なことだったのでしょうか。
本当に急でした。『SAYUSA―左右左』のニューヨーク公演が終わって日本に帰って来て、その年の暮れに検査で発覚しました。僕の世代の囃子方はここ数年、2014年に太鼓方の金春國和さん、2017年に太鼓方の観世元伯さん、そして昨年の六郎兵衛さんと、続けて亡くなってしまい非常に残念です。偲ぶ会や追善会について、若い頃はあまりぴんと来なかったんですが、身近な人を亡くしてからは、亡くなった本人のために、という思いと同時に、演奏する私たちが彼らの不在を認識するための催しじゃないかな、と思うようにもなりました。
異文化の出会いを描いた『羽衣』、世阿弥の名作『砧』『融』
ーー今回の能の演目『羽衣』について、なぜこの演目を選ばれたのか教えていただけますか。
『羽衣』は、駿河湾の雄大な自然の中、漁師と天人という住む世界が違う者同士の間に起きた事件を描いていて、「異文化の出会い」がテーマになっています。天人が衣を干して水浴びしていたら、漁師たちがその衣を持って帰ろうとしてしまい、衣を返す代わりに天人が舞を舞うことになるわけです。そのときに、衣を先に返せば舞を舞わないでさっさと帰ってしまうのではないか、と漁師は疑うのですが、それに対して天人が「いや疑いは人間にあり。天に偽りなきものを」と、疑いを持っているのは人間だけで私たち天人は嘘をつかない、と言うのです。それを聞いて漁師は恥ずかしくなって衣を返します。最後に天人が喜んで天に昇っていくところに、人間も最後は喜んで昇天していけるように、という思いを込めてこうした偲ぶ会などでも上演される曲なんです。

大倉源次郎

ーー六郎兵衛さん演出の『フィガロの結婚』では芸術監督を務めるなど、六郎兵衛さんと深い関わりのあった大槻文藏さんが舞われます。
文藏さんや梅若実さんといった、それぞれが六郎兵衛さんとは非常に近かった方たちが出演します。『羽衣』に至るまでの『平調音取(ひょうじょうねとり)』から始まる様々な演目は、仕舞であったり一調であったり、一役一役が際立つような演目を選び、能の様々な見せ方でそれぞれの出演者が持つ洗練された技芸を楽しんでいただけるようにプログラムしています。
ーー小鼓方の源次郎さんは舞囃子の『砧(きぬた)』と『融(とおる)』にご出演されます。舞囃子は簡単に言えば「能のダイジェスト版」という理解でよろしいでしょうか。
そうですね、能の略式演奏で、能の見どころの一場面を面と装束をつけないで舞う、というものです。『砧』は、都に訴訟に出たまま帰ってこない夫の帰りを待つ女性が、七夕の夜に「織姫だって年に一度は会えるのに、私は3年も会っていない」と言って旦那の帰りを待ちながら月に向かって砧を打つ、という場面です。作者は世阿弥なのですが、世阿弥は自分の書物の中で「この能は素晴らしい、この能の良さがわかる人は後世にもう出てこないだろう」と言うくらい、名作だと自慢をしていました。能の中にいろんな色彩や景色、時間の経過などが編み込まれていて、読めば読むほど面白い作品です。『融』もやはり世阿弥の名作で、「源氏物語」の光源氏のモデルとも言われている源融という、大臣になって豪勢の限りを尽くした人が、今はもう廃墟になってしまった自分の庭園に幽霊となって現れて、死んでもなお魂はそこに遊び続けるという話です。この『融』ほど小書(特殊演出)の種類が多いものはないくらい、演者も様々な演出方法を選んで遊べるような演目です。
ーーこうして改めて演目の概要をうかがうと、世阿弥の作ということもあるのでしょうが、とても物語性が高いですね。
能楽というのは、日本の言葉づくりの連綿とした歴史の中で生まれた伊勢や更科、源氏といった歌物語を絵解きして作られたものです。日本語の美しさというその原点をもう一度全国の人たちに知って欲しい、という志で能楽座は始まったともいえます。美しい言葉の歴史の流れの中に能楽があって、今もこうして演じ続けられていることを大事にしていきたいと思っています。

大倉源次郎

総合芸術としての能楽の幅広さ、奥深さを感じて欲しい
ーーこれからの能楽のあり方というものを考えていくうえで、それこそ六郎兵衛さんがされていたような他ジャンルとのコラボレーションなど、新たな能楽の可能性を探るような公演もより必要になっていくのでしょうか。
能楽師には、240曲もある現行レパートリーを伝えるという非常に大きな役目が一つありますが、世阿弥は「能を作ることは能楽師の命である」と言っています。時代と共に未だに新しい言葉が生まれてくるように、能楽も新しい知見を伝えていくことが使命なんだよ、ということを言っていて、伝統芸能といえども古典をただ伝承していけばいい、ということではないんです。240曲が次の時代にも上演できるように継承していくことを軸足にしつつ、新しいものも作っていく、という姿勢でいいのではないかと考えています。
ーー能楽の長い歴史の中で、やはり近現代におけるテクノロジーの進歩というのは大きな影響をもたらしているのではないでしょうか。
能楽の一番基本となっているのは「すべてが人間の力で行われる芸能」であるというところですね。どんなに時代が変わろうとも、その基本は変わらないと思います。AIはデータ化したものから何かを作り出すことはできるけれども、データにないものを一から創造することはできないと聞きました。歌物語から能楽を作っていくという作業は、人間に残された最後の領域の中にあるんじゃないか、なんてことを思います。このままでは人間は機械に使われる側になって、人間の方がロボット化してしまうんじゃないかという危惧の中、それを食い止められるのはこうした芸能の力なんじゃないかな、と思いますね。
ーー観客の高年齢化という問題も一つあるかと思います。
若い人たちにも、能楽の面白さを見出せるような環境を作らないといけないな、と思っています。能楽は総合芸術だから、能面に興味を持つ人もいれば、装束、あるいは謡、あるいは鼓、と取っ掛かりはあらゆるところにあるんです。今公演はバリエーション豊富な公演になっているので、いろんな演者の魅力を見つけに来て欲しいです。
ーー今公演は一つ一つの演目が決して長い物ではないので、初心者でも見やすいですよね。
そう思います。ワキの言葉が面白いとか、狂言の仕草が楽しいとか、太鼓の音がいいとか、掛け声がいいとか、なんでもいいんです。能を難しいと思っている初心者の方にも、自分の中で何を面白いと感じるのかを見つけに来てもらいたいと思っています。総合芸術としての能楽の幅広さ、奥深さを感じていただけたらうれしいです。
大倉源次郎
取材・文・撮影=久田絢子
撮影協力=chisa CAFE

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