【ライブレポート】MASHという吟遊詩

MASHが2019年6月より「たった16小節の夢」リリース記念ツアーを行っていた。
「たった16小節の夢」は、CD盤のシングルとしては「僕がいた」から約10年ぶりの発売となる。昔から“十年ひと昔"とはよく言うが、この10年という歳月はMASHをギター1本にまで削ぎ落とし、海の向こうへと渡らせ、彼をひと回りもふた回りも成長させた。そう、このツアーは名古屋、京都、間にアメリカのポートランドを挟んで、東京へと帰結している。「移動距離だけで言ったら日本全国を回った」と言って客席の笑いを誘ったこの日のMASHは、実は2月にテネシー州ナッシュビルにて初の路上ライブも行っている。
2019年8月3日、「ヒーロー」で幕を明けた三軒茶屋 GRAPEFRUIT MOON。こざっぱりとした出で立ちでなんの気負いもなくひょっこりと現れた彼は、さっそく2曲目のセトリを「カレーライス」に変更する。というのも、眼前でカレーライスを食しているファンがいたからだ。おそらくその人は開演前までには食べ終わろうとしていたのだろう、がしかし、それはMASHの格好の餌食となって弄られることになる。「じゃ、この曲が終わるまでに食べ終えてね」といたずらっぽくMASHが笑うと、それまでピンと張り詰めていたツアーファイナルが途端に柔和な空気へと変わった。結局、肝心のカレーライスはまだ残ったまま、3曲目「Bob Marleyのポスター」から「so long」に流れると「振り返ってみれば、なぜか自分の曲に夏の歌が多かった」と、梅雨明けを祝すように5曲目で「夏の扉」が開かれた。続いて実弟に向けた曲「ゆうじ」。そこからTHE BLUE HEARTSのカバー「ラブレター」を挟むと、今夜のハイライトの一つでもあった「A Perfect World」へと淀みなくライブが進んでいく。
なんだかここまでまるで一本の川の流れを見ているようであった。MASHのMCというのは、本題に入る前の落語のマクラのように唐突だ。タイトルも言わずに、さりげない語りからいきなり曲に入って境目がない。優れたミュージシャンほど“喋るように歌い、歌うように喋る”と言うが、今まさにMASHはそんな境地にきているのだと感じた。ニューシングルから「星が綺麗な夜に」が披露されると続いて「笑顔が似合う人」(アウトロに「スタンド・バイ・ミー」のサビを挟みつつ)、「列車」「朔望」「夢追いの地図をひろげて」「太陽とカーテン」と、こちらが息をすることを忘れるくらいにつつがなくステージが運ばれていく。ふと我に返って客席を見回すと、なぜだか笑顔が似合う人ほど淋しさを募らせているようにも見えた。
その時MASHのライブを見ていて、歌詞に「僕ら」という言葉が頻出することに気づいた。これが郷愁の念を煽ってしょうがない。おそらくこの「僕ら」が聴き手にとっての「あの日の僕ら」と重なり、同時に「今の僕らはどうか」と問いながら励ましているのではないかと思った。この「僕ら」に帯びている雰囲気というのが、映画『PiCNiC』や『スワロウテイル』などで知られる岩井俊二監督の質感とも似ているような気がして、そう考えると僕らは現実を超える美しい現実世界を今MASHに魅せられているような気がした。

「ポートランドで唯一英語のカバーをしたら、それまでポカンとしていた現地の人が、これ、俺の歌だよと言うような顔をして自分の家族に笑顔を向けたんです。その時、音楽ってそういうことだよなって思いました」そう言って歌ったのがエルヴィス・プレスリーの「好きにならずにいられない」。名曲とは、みんなのドラマだ。「Darlin'」「七月六日」「青空」「稲穂」、MASHの名曲もまた誰かのドラマとなって続いていく。そして気がつけばもう本編最後の曲にさしかかっていた。もちろん歌われる曲は「たった16小節の夢」。
しかしここでMASHは集中力を削がれてしまい、冒頭からやり直すことになる。その理由が分かった。「すみません。照明をもっとシンプルにして下さい。モノトーンで……スポットを僕に」一瞬の静寂のあと、この日の川の流れが一気に大海へと流れ出すようにすべての思いが一点に集中した。今のMASHに飾りはいらない。「夢を見続けるには何が必要なんだろう」、「今が散々でも前を向くよ」、「人生は愛する人たちとの物語」…ここは60年代のビートニクたちが集まるヘイト・アシュベリーか? または新宿のフォークゲリラたちの集会なのか? 一瞬そんな時代錯誤なことを想像しながら僕らは全員MASHという吟遊詩人の言葉を聴きに来ているのだと改めて気づいた。

衣装を着替え、アンコールは最近浮かんだばかりの新曲「America」のメロディ部分だけが披露されてスタートすると、この日4回目のカバーとなる井上陽水の「少年時代」から自身の曲「少年」へと、またしても境目なく繋がった。そして最後は客席の中に入っていき「僕がいた」をマイクもアンプも使わずに完全なるアンプラグドで歌い終えた。年内には初のカバーライブもやる予定だという。この先MASHがまたどんな16小節の夢を描いていくのか、削ぎ落とされて魂と言葉だけが残った情熱のバカに期待せずにはいられない、そんなツアーファイナルだった。

文◎サミュエル・サトシ(HOME MADE 家族 KURO)
撮影◎上保 昂大

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