反田恭平が信頼するソリスト達が織り
なす主張と調和 『反田恭平 with M
LMナショナル管弦楽団』公演レポート

大編成のオーケストラを鑑賞する際、音が大音量にうずもれてしまい個々の特性が見えない、と感じたことがないだろうか? MLMナショナル管弦楽団はそんな不満を払拭する、国内外で活躍する各楽器ソリスト級のメンバーによって構成されたオーケストラだ。その中には各種コンクールでの優勝者や受賞者も含まれる。
先ごろクラシック音楽の新レーベル「NOVA Record」の設立をセンセーショナルに発表した若手実力派ピアニスト反田恭平。TVアニメ『ピアノの森』で主人公カイを導く教師、阿字野壮介のメインピアニスト役としても記憶に新しい。そんな反田によって設立されたオーケストラが繰り広げる『反田恭平 with MLMナショナル管弦楽団』演奏会が、2019年7月26日(金)東京・サントリーホールにて行われた。メンバー構成は、ヴァイオリン岡本誠司、大江馨、桐原宗生、島方瞭、ヴィオラ有田朋央、長田健志、チェロ森田啓佑、水野優也、コントラバス大槻健、フルート八木瑛子、オーボエ荒木奏美、浅原由香、ホルン庄司雄大、鈴木優、ファゴット皆神陽太、古谷拳一の精鋭16名。ここでは、その模様をレポートする。
公演は、ベートーヴェン「ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス 第2番 ヘ長調 Op.50 」(ソリスト岡本 vl1大江・島方、vl2桐原、vla有田・長田、vc森田・水野、cb大槻、fl八木、ob荒木・浅原、fg皆神・古谷、hr庄司・鈴木、cond反田)から始まった。岡本のソロヴァイオリンが奏でる旋律が、美しさと穏やかさを備えて響く。ベートーヴェンが1798年に作曲し、ウィーン古典派時代の特徴を持ちながらも、次のロマン派時代の到来を予期させる音楽性が魅力的な作品。冒頭のソロでは譜面(下図参照)の通り、ターンやトリルなどの装飾がふんだんに使われ、ソリストの表現を堪能できる構成である。
ベートーヴェン:ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス 第2番 ヘ長調 Op.50 冒頭部分
プログラム2曲目は、モーツァルト「ピアノソナタ 第8番 ニ長調 KV311」。反田の、軽やかに鍵盤を走る指が心地良いことは言うまでもなく、特筆すべきは「息づかい」である。管楽器や歌の演奏では、適切な場所でのブレスがないと聞いているほうも苦しさを感じてしまうものだが、弦楽器やピアノにおいても、ノンブレスで演奏されると違和感というか、息苦しくなることがある。指揮者として演奏者として、双方の視点で俯瞰することに長けているからこそ成せるのだろう、自然体の息づかいを感じさせる演奏だ。滑らかな運指は色彩を放ち、丸みを帯びた華やかさを湛えている。
3曲目はプーランク「ピアノ、オーボエ、ファゴットのための三重奏曲 FP43」(pf反田、ob荒木、fg古谷)。Wリード族の音色と特性を堪能するのにこれほどまでに相応しい曲はないだろう。プーランクは弦楽器よりも管楽器を好んだとされ、多様な組み合わせの室内楽曲を数多く残しているが、同一の組み合わせはない。ファゴットのために書かれた作品自体が少なく、奏者にとっても名曲として親しまれているのがこの三重奏曲である。フランス6人組の一人であるプーランクの楽曲はどれもユニークでエスプリが利いているが、この曲はピアノの不穏な和音からファゴット、オーボエと呼応していき、プーランクにしては憂鬱感が漂う。哀愁と軽快のコントラストを表現するという点においても、ファゴットとオーボエの音色がピタリとはまっている。技術的にも難易度の高い楽曲だが、そこは奏者の卓越した演奏によって、素晴らしい技巧を繰り広げながらも「難しい曲を難しく聴かせない」境地に達している。
後半はボッケリーニ「八重奏曲 ノットゥルノ ト長調 Op.38-4(G470)」(vl1大江、vl2桐原、vla有田、vc森田・水野、fg浅原、hr庄司、fg皆神)から。ボッケリーニはハイドンと同時代の作曲家で、自身が高名なチェロ奏者だったこともあり弦楽五重奏曲を数多く残した。この八重奏曲では、のどかな風景を思わせる曲想に牧歌的なホルンが鳴り響き、爽やかで優しい旋律が印象的である。8人の奏者それぞれが自己主張しながらもハーモニーを奏でるさまは、室内楽の魅力を全面にアピールした演奏となった。その様子は一言で言えばとにかく「楽しそう」。心から音楽に親しみ、この時この瞬間を楽しんでいることが演奏から溢れでていた。
ラストはお待ちかね、反田による弾き振りでモーツァルト「ピアノ協奏曲第17番 ト長調 KV453」(vl1岡本・大江、vl2桐原・島方、vla有田・長田、vc森田・水野、cb大槻、fl八木、ob荒木・浅原、fg皆神・古谷、hr庄司・鈴木、pf&cond反田)。フランスの作曲家メシアンが「モーツァルトが書いた中で最も美しい。第2楽章のアンダンテだけで、彼の名を不滅にするに十分である」と語ったほどの名曲。曲そのものが持つ美しさとピアノ演奏の素晴らしさもさることながら、16人の奏者をまとめつつ、自身の演奏にも集中するというのはもはや離れ技の域である。アンサンブルがどれだけ調和し、どこまで主張できるのかは結局のところ、互いの信頼関係にほかならない。
そしてこの公演は、奏者達の自己紹介であり、反田流の「演奏力と表現力を信頼している彼ら」のメンバー紹介となっているのだろう。アンコールを含め2時間半、あっという間に駆け抜けた公演は、モーツァルトの音楽のように軽快で、屈託がなかった。
なお、終演後ロビーでは、「NOVA Record」からリリースされたばかりの、MLM管弦楽団メンバーによるソロミニアルバムが会場限定で販売され、サイン会も和気藹々の雰囲気の中で行われていた。また、この演奏会のライブ音源は8月9日(金)よりiTunes、Apple Music、Spotify、Amazon等で配信開始される。
取材・文=Junko E. 撮影=山本 れお

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