英国ロイヤル・バレエが世界最先端の
トリプルビル~『ウィズイン・ザ・ゴ
ールデン・アワー』/『メデューサ』
/『フライト・パターン』

2019年6月28日(金)より公開となる英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2018/19の第10作目はトリプル・ビル『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』/『メデューサ』/『フライト・パターン』だ。今、間違いなく世界の最先端を行く振付家――『不思議の国のアリス』『パリのアメリカ人』などでおなじみのクリストファー・ウィールドン、ロイヤル・フランダース・バレエの芸術監督にして、日本では『テヅカ TeZukA』『プルートゥ』などでも知られるシディ・ラルビ・シェルカウイ、そして注目の女性振付家クリスタル・パイトによる作品を、英国ロイヤル・バレエ団のダンサーらが踊る。日本ではなかなかふれる機会が少ない、現代バレエの「今」を体感できるまたとないチャンスだ。全く違った3つのコンテンポラリーバレエを通して、ダンサー達の別の魅力もまた、発見できる。
■クリムトの黄金の輝きをバレエに~『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』
この作品はウィールドンが2008年、サンフランシスコ・バレエの75周年に際し創作したもので、黄金色(ゴールド)を用いて華麗かつ官能的な世界を描いたグスタフ・クリムトの絵画からインスピレーションを得ている。英国ロイヤル・バレエ団ではこの作品を上演するにあたり、衣装と照明をリニューアルした。衣装は透明な生地に、クリムトの絵画を思わせる四角いモザイクのような模様があしらわれたもの。ダンサーがそれを纏い踊ると、照明の光を反射して全身が金色に輝きはじめ、タイトルの「ゴールデン・アワー」とはそういう意味だったのかと、納得する。
『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』 ⒸROH, 2019. Photographed by Tristram Kenton
出演はベアトリス・スティクス=ブルネル、フランチェスカ・ヘイワード、サラ・ラム、ワディム・ムンタギロフら7組の男女。金子扶生、アクリ瑠嘉の登場も注目したい。イタリアの作曲家エツィオ・ボッソとヴィヴァルディの音楽にのせて繰り広げられるパ・ド・ドゥは、軽快で華やかだ。
『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』 ⒸROH, 2019. Photographed by Tristram Kenton
■神話を新たに解釈した『メデューサ』
『メデューサ』は、シェルカウイが英国ロイヤル・バレエ団に初めて創作した作品で、モチーフとなるのはギリシャ神話のメデューサの物語だ。蛇の頭髪を持ち、その姿を見た者を石に変えてしまうという怪物を、シェルカウイはポセイドンやアテナら絶対神の力に翻弄される、哀れな女性の物語として再構築した。神話ではメデューサを「退治」するペルセウスをアテナの兵士として配し、メデューサとの絡みを持たせることで、「退治」が「魂の解放」へとつながる。
『メデューサ』 ⒸROH, 2019. Ph by Tristram Kenton
メデューサを踊るのはナタリア・オシポワ。平野亮一によるポセイドンは異形的禍々しさで、オリヴィア・カウリーのアテナは高圧的な存在感で、それぞれ物語に色を添える。ペルセウスは注目の若手、マシュー・ボール。6月27日現在、英国ロイヤルバレエ来日公演にも参加しているが、7月下旬にはマシュー・ボーンの『白鳥の湖』来日公演の主演も控えている。そんな彼の、濃厚な40分をじっくり堪能いただきたい。
『メデューサ』 ⒸROH, 2019. Ph by Tristram Kenton
■静かな「パッション」を描き出す傑作、『フライト・パターン』
3作目の『フライト・パターン』は、今世界で最も注目を集めている振付家、パイトの作品だ。パリ・オペラ座やNDT(ネザーランド・ダンス・シアター)など、世界屈指のバレエ団に作品を提供し、パリ・オペラ座に振付けた「シーズンズ・カノン」は2015年ブノワ賞を受賞。2018年にさいたま芸術劇場で行われた公演「Opto」でもパイトの作品が取り上げられていたので、目にした方もいるかもしれない。
『フライト・パターン』 ROH, 2017. Photographed by Tristram Kenton
『フライト・パターン』のテーマは「難民」。戦乱から逃れ安住の地を求め、苦難の旅を続ける人々の姿を描いている。およそバレエとは縁遠いテーマではと思われるかもしれないが、幕間インタビューでパイト自身が「(作品を)作らずにいられない」と語るように、彼女のダンスは日常我々がニュースなどを見て感じ、それについて語り合う言葉と、おそらく同じなのだろう。世の中の事象、彼女の思考全てが作品のテーマであり、言葉であり、感情であり、心であるに違いない。
『フライト・パターン』 ROH, 2017. Photographed by Tristram Kenton
この作品を踊るのは36人のダンサー。音楽はポーランドの現代音楽家グレツキの≪交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」≫第一楽章だ。コントラバスによるフレーズが重々しく静かに、しんしんと降り積もる雪のようにカノンで何度も繰り返されるなか、人々は粛々と旅を続ける。受難(パッション)と、自由を求めるパッション(情熱)がダンサー達の身体からオーラのように発せられ、心の底に鈍い鐘の音がいつまでも響くような、深い印象を残すのだ。おそらく日本では目にする機会は早々はないだろうという、傑作である。
全く個性の違う、世界の先端を行く3作品。この機会にぜひ、ご覧いただきたい。
『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』 ⒸROH, 2019. Photographed by Tristram Kenton
文=西原朋未

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