金属恵比須・高木大地の<青少年のた
めのプログレ入門> 第15回~執拗反
復! 金属恵比須、登場音楽の真相と
「3人の会」演奏会レポート

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プログレッシヴ・ロックの名ライヴ・アルバムといえばイエスの『イエスソングス』の名を挙げるファンは多い。1973年発表で、当時レコード3枚組という大ボリューム(CDでは2枚組)。圧倒的な演奏力もさることながら、非常に面白かったのが登場音楽と登場の際の大歓声も含まれていたこと。ライヴに行った気分が味わえるのである。「ストラヴィンスキー作曲『火の鳥』からの抜粋」という大仰なタイトルも良かった。そして後続のプログレ・バンドもこれに倣い、オーケストラの曲を登場音楽として使用したりするようになった。
かくいう我がバンド「金属恵比須」もそうである。その中で個人的にも気に入っていたのが「呪われた血の終焉」という曲だった。2012年から2018年にかけて使用した映画『八つ墓村』のサウンドトラックである。
コウモリたちが洞窟から抜け出し、多治見家の屋敷を飛び抜ける。その時、仏壇の蝋燭が倒れ、屋敷は炎上する。それを呆然として見つめる主人公・寺田辰弥(ショーケンこと萩原健一)。そこで流れる音楽が「呪われた血の終焉」なのである。
作曲は芥川龍之介の三男である作曲家・芥川也寸志。「♪レーミーファー、ミソファミレー」という単純な音列をひたすら繰り返すだけのこの曲。にもかかわらず、不穏な空気が充満している。筆者がなぜこの曲を選んだか。
一つ目にはもちろん「横溝正史・金田一耕助シリーズ」の雰囲気に多大な影響を受けたバンドの方向性というのが大きい。
そしてもう一つの理由は、作曲が芥川也寸志だったからなのだ。芥川はロシアの影響を多大に受けている作曲家で、国交のなかったソ連に密入国しショスタコーヴィチらに会いに行ったほど。幼少の頃はストラヴィンスキーが大好きだったらしい。イエスに影響を受けた金属恵比須が、ストラヴィンスキーの影響を受けた芥川也寸志の音楽を使用するという構図が面白かったのだ。
こうして芥川也寸志に興味を持っていたところに、コンサートの案内が入ってきた。「オーケストラ・トリプティーク 第八回演奏会 3人の会 2019」である。
企画はスリーシェルズの西耕一氏。彼とは2018年、金属恵比須のファンの方々の紹介で知り合う。筋肉少女帯のファンから始まりそこからプログレを知り(特にエマーソン・レイク&パーマー)現代音楽に至るという、ものすごく興味深い音楽変遷の持ち主だ。あらゆる音楽への造詣が深く、含蓄も凄まじい。西氏の筆によるパンフレットには日本現代音楽史がぎっしりと詰まっており、それを読むだけで概略を学ぶこともできる。筆者の専門はプログレッシヴ・ロックであり、クラシック音楽および現代音楽に関しては門外漢であるゆえなおさらだ。
ということで2019年5月6日に行なわれたそのコンサートで配布されたパンフレットをもとに、芥川也寸志、そして「3人の会」を追っていきたい。
「3人の会」とは、1953年に結成された作曲家のグループ。團伊玖磨(だんいくま、1924-2001)、芥川也寸志(あくたがわやすし、1925-1989)、黛敏郎(まゆずみとしろう、1929-1997)という、東京音楽学校(現・東京藝大)出身の音楽界のスター3人が20代の頃に集ったのだった。依頼の仕事として音楽をつくるのではなく、自分のつくりたい曲をそれぞれつくるというのがスタンス。
團伊玖磨。彼の最も身近なトピックは、イエス来日公演でジョン・アンダーソンが好んで歌い、聴衆もそれにつきあわされる曲としてプログレファンにはお馴染みの童謡、「ぞうさん」の作曲者という事実である。「新奇をてらわなくとも、脈々と受け継がれた歴史・伝統の堅牢な土台に自分の信じる美を構築することを目指した」(パンフレットより)作曲家だ。
対して黛敏郎は、自分の理想とする音楽を求めてオーケストラの編成すらも独自に企画してしまう野心家だ。たとえば「曼荼羅交響曲」(1960)では、金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅のごとく「オーケストラを2つに分割して左右に配置」するという荒技に出たほど。なお、筆者・高木が多大なる影響を受けた作家・三島由紀夫と黛の交友関係もつとに知られ、オペラ「金閣寺」(1976)を作曲したのも黛である。
そして芥川也寸志は、西氏曰く、徹底的にオスティナートにこだわった作曲家だ。「オスティナート」とは、ある短い音楽のパターンをひたすら繰り返す技法で、日本語では「執拗反復」とも呼ばれる。前述の『八つ墓村』でも「♪レーミーファー、ミソファミレー」のフレーズを、楽器を替えアレンジを変えて執拗に反復している。
「3人の会2019」オーケストラ・トリプティーク第八回演奏会
渋谷区文化総合センター大和田さくらホールで「3人の会」のコンサートは幕を開いた。演奏は2012年の第1回コンサートより日本の作曲家の音楽を掘り下げてきたオーケストラ・トリプティーク。指揮は1988年生まれの水戸博之。オーケストラ・トリプティークの常任指揮者である。そしてコンサートマスターは三宅政弘。桐朋祭超絶技巧選手権ヴァイオリン部門グランプリ受賞など数々の受賞歴を持つ。
黛敏郎作曲(譜面作成:堀井友徳)「映画『東京オリンピック』組曲」(1964)から幕を開ける。市川崑監督の名作映画。無伴奏の女声合唱団がクレッシェンドしていき、荘厳なテーマへ。器楽的な旋律が多く、ことに女子体操のスローモーションでかかる【体操】はチャイコフスキーのバレエ音楽を彷彿させる優雅さ。
そして黛作曲(編曲・復元:今堀拓也)「映画音楽『天地創造』」(1966)。旧約聖書の創世記に基づく、世界的名画(米伊合作、監督:ジョン・ヒューストン)の音楽を黛が担当していたのだ。実は当初、ストラヴィンスキーに依頼したのだが断られたために30代の彼が抜擢された経緯がある。この曲もまた透き通るような女声合唱が清々しい。
続いては團伊玖磨作曲(編曲・復元:今堀拓也)「シンフォニア・イゾラナ」第1楽章~第3楽章(1954)。初演では「ブルレスケ風交響曲」というタイトルが付けられていたが、後に「シンフォニア・イゾラナ」と改題される。改題されてから全楽章を演奏するのは今回が初めてで、「初演」といってもさしつかえはないだろう。「イゾラナ」とはすなわち「アイランド」で、本人は「田舎風の交響曲」(パンフレットより)とコメントしたとおり、雄大な自然を感じさせる。
次に芥川也寸志作曲(譜面作成:今堀拓也・吉原一憲)「バレエ音楽『失楽園』組曲」(1950)。ミルトンの叙事詩を原作に、旧約聖書の創世記におけるアダムとイヴの物語を戦後日本創作バレエ界のパイオニア・横山はるひが振付・演出を手掛け主演もした伝説的バレエ(舞台装置はイサム・ノグチ!)のために書かれた音楽だ。作曲当時の芥川は25歳、バレエ音楽は初挑戦だったそうだ。1957年にバレエととともに演奏されて以来実に62年ぶりの演奏であり、音楽のみでは今回がおそらく初披露という大変レアな曲。企画の西氏のアーカイヴ力には頭が上がらない。
最後も芥川作曲「佛立開導日扇聖人奉賛歌“いのち”」(1989)。作詞はなかにし礼。おそらくこのコンサートのクライマックスではなかろうか。芥川の絶筆であり、死期を予感したために補作は鈴木行一が担当。死の1ヶ月前、芥川から鈴木に電話があり、作曲の構想については、「曲は、ドレミのド音が最初から最後までずーっと鳴っている。あとは、南無妙法蓮華経のお題目を、延々と続けて、オーケストラで、それをユニゾンで堂々とやってくれ」(パンフレットより)……と伝えたそうだ。
これぞ芥川オスティナートの極致であり、実際に混声合唱団が「南無妙法蓮華経」を“執拗”に110回“反復”する。個人的には、カール・オルフのキリスト教のカンタータ「カルミナ・ブラーナ」の「おお、運命の女神よ」の仏教版と感じた。「南無妙法蓮華経」の連呼については、宮城道雄の交声曲「日蓮」(1953)にも通じる。加えて、不穏な空気からフォルティッシモのカタルシスに至る過程は『八つ墓村』の「呪われた血の終焉」を彷彿とさせる。ティンパニの連打と「南無妙法蓮華経」の唱和で絶頂を迎え終演。間違いなく芥川也寸志の集大成であり代表曲に違いないと確信した。アンコールではもう一度演奏。満場の拍手で幕を閉じた。
終演後、物販コーナーを見ると、先行発売の芥川也寸志2作品、『オーケストラ・トリプティークによる芥川也寸志個展』『芥川也寸志 生誕90年メモリアルコンサート』の先行販売が行なわれていた。立ち寄るオーディエンスは口をそろえて、「『いのち』は収録されていますか?」と聞いてくるのを目の当たりにした。残念ながら収録はされていないのだが、そのことからもこの曲のインパクトが強力だったことがうかがえる。当コンサートをぜひともCD化していただきたいと切に願うばかりである。
『オーケストラ・トリプティークによる芥川也寸志個展』購入後、西耕一氏にお会いした。「いのち」に度肝を抜かれたことを正直に伝えた。すると「高木さん、金属恵比須で『いのち』のカバーやりましょうよ!」としきりに口説かれた。
うん、ロック版芥川也寸志、いいかもしれない。少し考えてみる。すると「高木さん、金属恵比須で『いのち』のカバーやりましょうよ!」と同じ言葉を“執拗反復”。
――とりあえずは登場音楽にでもしようか。13分あるけど(プログレ的には普通)。ぜひともCD化を希望する。
文=高木大地(金属恵比須)

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