『レ・ミゼラブル』テナルディエ役、
橋本じゅんが語るーー「テナルディエ
という役を通して、人間の代表を作れ
たら」

1987年の日本初演以来、上演回数は3,100回を超え、全世界でも7,000万人以上を動員しているミュージカル『レ・ミゼラブル(以下レミゼ)』。これまで数多くの名優たちが本作の舞台に立ってきたが、2017年の公演からその系譜に連なったのが「劇団☆新感線」の人気役者・橋本じゅんだ。ヒール的な存在の宿屋の主人・テナルディエを、胡散臭さと愛嬌を交えて好演し、今回も同じ役で出演。しかも前回は東京公演のみの登場だったが、今回は地元の大阪を含めた、5都市すべての公演に出演するのも嬉しい限りだ。その橋本が大阪で会見を行い、レミゼならではの稽古の様子や、テナルディエ役への思いなどを語った。
■みんなが考えながら作る現場にいるのは、すごく背筋が伸びる。
──まず『レミゼ』初参加となった、2017年の舞台の時の率直な感想をお聞かせください。
いろいろありますが、まず「芝居をやってて良かった」と思いました。(原作の)『ああ無情』は小学校の時から大好きな作品でしたし、この舞台をイギリスで観て「いつかやってみたい」と思っていましたから、その思いは持ち続けて良かったなあと。あとはモノ作りの現場として、初心に立ち返ることができました。みんなで「ああでもない、こうでもない」って考えながら作るという、自分が関西小劇場で芝居をやり始めた頃のような、手作り感のある現場だったんです。それってちょっと、意外な感じがしませんか?
橋本じゅん 撮影=田浦ボン
──30年以上も上演してるから、ある程度の型に沿って作るのかな? と思いますよね。
型みたいにやってた人もいたのかなとは思うんですよ。でも僕も含めて新しい人が入ることで、多分そういうのはどんどん変わっていったのかと。今はすっごく時間をかけて、みんなですっごい集中して。若い人が多いからか、むしろ「学生劇団ちゃうか?」ぐらいに思う時もあります(笑)。今、この年齢になってこういう現場にいるのは、すごく背筋が伸びるというか。映像でも新感線でも、こういう気持ちを忘れたらあかんということを、『レミゼ』の現場が教えてくれました。
──他にも「『レミゼ』ならではだなあ」と思ったことはありますか?
ほとんどの役がトリプルキャスト……テナルディエは今回クワトロ(4人)キャストですけども、やっぱり全員が同じ動きをしないと事故になるから、他の(テナルディエ役の)人の稽古もちゃんと見るんです。他の舞台だと、自分が出ているシーンを、自分がいない状態で見るってことは、あまりないですよね。しかも何人も何人も、組み合わせが変わっていって。それは『レミゼ』ならではのことですし、勉強になります。やっぱり他の人の稽古を見てると「同じ役でもこういう考え方があるのか」とか「こうやれば、こんなふうに伝わるのか」という、強烈な刺激になるんですね。発見とか、気づきとか、反省とか。で、何人かがやって「じゃあ(橋本さん)やってください」ってなるんですけど、その時もワンチャンスにかけなきゃいけないという緊張感があります。というのも、やっぱりこれだけの人数がいると、何パターンもの稽古をしないといけないから、自分が一回のチャンスでどれだけモノにできるかが大事。そのためにはやっぱり、稽古を見ながら自分でシミュレーションして、家に帰っても音取りをして、稽古の進行を妨げないようにしないといけない。でも稽古でしかわからないこともあるので、その緊張感はすごいです。
2017年舞台写真(提供:東宝演劇部)
──ということは、納得ができるまで何回も通すみたいなことは、めったにないのでしょうか。
自分がわからない所は、お客さんにとっても迷惑になるので、よっぽどの時は「エクスキューズ・ミー!」って(笑)。「自分で料理できるだろうな」という所は自主練習をしたり、同じ役の人同士で話し合ったりします。やっぱり外から見ているとわかる部分もあるようで、「あれは多分、こうしたらいいんじゃないかな?」と教えてくれるんです。気持ちの部分は「自分はこういう気持ちでやる」というのを、やっぱり役者だからお互いが持っているけど、動きは全員一緒なんで、そこは助け合ってます。いろんな難題がいっぱいありますけど、そこに立ち向かっている時は、みんなで一緒に作っている感がすごくありますね。メンバー同士が仲良くなるのは、そういうことなんかなと。一つの劇団みたいです。
橋本じゅん 撮影=田浦ボン
■テナルディエは、自分なりの神を持っていて、自分を神だと思っている。
──初出演の時のインタビューでは「テナルディエが大嫌いだった」と言ってましたね。
大嫌いでしたね! 演じる以上は好きになりたいけど、やっぱり嫌な奴ですよ(笑)。でも、人間は本当に食べられなくなったら、テナルディエみたいな悪いことをするかもしれない。たとえば日本でも、戦後の闇市の時代みたいな非常時だったら、僕だって聖人君子でいられる自信はないです。僕はやっぱりテナルディエという役を通して、人間の本質の代表を作れたらなと思っています。『レミゼ』って「悪いことをした奴は許さない」「僕は改心しました」「それでも罪は罪」という、新約聖書と旧約聖書、あるいはキリスト教とユダヤ教を守る人々を重ねた話がある一方で「お前たちはお前たちの美学をやってればいいけど、俺たちには明日され見えなくてそれどころじゃない」という底辺の人もいるという、3つの構造があるんです。
──神の教えを守る代表がジャン・バルジャンやジャベールたちであり、底辺の代表の一人がテナルディエということですね。
だから僕なりのテナルディエは何かというと、自分なりの神を持った人間だということ。「俺が神だ。だから俺が生きていけないと仕方ないだろう」っていう。そういう三つ巴の神の話だと思うんですよ、『レミゼ』って。だからここをしっかり立てないと、あとの二つが際立たなくなる。この作品の世界をより強くお客さんに届けるために、自分の役を全うするという、使命感と義務感を持ってやってます。
橋本じゅん 撮影=田浦ボン
──「俺が神だ!」と思いながら演じられているのですね。
「全部俺の意のままにしてやるぜ。その代わりセコいけどな」という(笑)。謝る時は靴でも舐めるけど、そう簡単には捕まらないぜって……なんかダンテの『神曲』の、地獄篇とか煉獄篇​に出てきそうな人ですよね。ただ先ほど言った通り、どんな人でもテナルディエになる可能性を持っているというのは、僕が一昨年演ってみて強く思ったことで。「なんでこの人、こんなになったんだ?」っていうのを、お客さんに感じてもらうように演じることができたらというのが、理想です。
──技術的な所で、大事にしていることはありますか?
やっぱり音程ですよね。この作品って音程に、すごくキャラクターが描かれてるんで。『宿屋の主人の歌』なんてホラー映画かっていうような!(一同笑)しかもそんな低い声で、笑顔でやれって言われるんですよ。でも低い声を出そうと思ったら、僕は怖い顔になってしまうんで、これをどうしようかなあ? というのが課題です。あとはマダム(・テナルディエ)との夫婦関係。それぞれ(キャストの)皆さんパーソナリティがありますので、この人と自分のどこがコネクトされたんだろう? という所をキレイに見せられるようにするのが、最も集中している所の一つです。
『Les Misérables』♪宿屋の主人の歌/橋本じゅん&鈴木ほのか&アンサンブル
──マダムのキャストが変わると、当然橋本さんの演技も変わってきますよね。
変わります。たとえば稽古で相手が手を出した時に、これだったら握ろうとか、こんなんやったら払おうとか、そんな出し方されたらキスするとか。そうやって皆さんの反応が違うので、僕も当然相手によって反応が違う。その反応一つずつがフィックスされて、板の上でお客さんにお見せすることになるんです。
──具体的に、前回テナルディエ夫人を演じた、森(公美子)さんと鈴木(ほのか)さんの違いは。
わかりやすい所では、たとえば僕が「今日はこういう風に面白いことをしてみようかな」と思って、ちょっといつもと違うことをしたら、ほのかさんは必死で(笑うのを)我慢して、袖に入ってから「やめてよー! 笑ったらどうすんの?」って言ってきます。逆に公美子さんは、舞台の上でも我慢せずに「ワーッハッハッハ!」って。どっちも演劇やし、ライブやなあって思います。でも朴璐美さんは今回初婚なんで(笑)、どういう夫婦生活が待ってるのか、楽しみにしている最中です。
橋本じゅん 撮影=田浦ボン
■『レミゼ』の一員にさせてもらったのは、とても誇らしいこと。
──いよいよ橋本テナルディエを、地元の関西で初披露することになりますが、何か特別な思いはありますか?
前回は東京だけだったので、やっぱりステージ数が少なくて、もう少しどっぷり『レミゼ』の世界を旅したかったなあ……と思ったんです。今年は結構ガッツリで、なおかつ地元でも観ていただけるという。僕は大学時代(大阪芸術大学の)ミュージカルコースだったんで「あの橋本が『レミゼ』に出るのか」という友達もいますし。東京でも大阪でも、同じ気持ちでやらないといけないとは思ってますけど、やっぱりちょっとアガリますよね。緊張もしますし、気分も高揚します。
──新感線ファンの方も、これで初めて『レミゼ』を観るかもしれません。
そうなんですよ。「あ、(新感線と違って)ふざけへんねんな」って思われるかもしれないですけど(笑)、まずはこれで慣れてもらって。僕としては、まだやらせていただけるなら、まだまだやっていきたい作品なので、どんどんこの世界の面白さを見つけ出していっていただけたら、こんなに嬉しいことはないですね。
橋本じゅん 撮影=田浦ボン
──逆に『レミゼ』をやったことで、新感線にフィードバックできたことはありますか?
『髑髏城の七人(Season風)』(17年)の時に、僕は刀鍛冶の役だったんで「カーン! カーン!」って(金槌を振り下ろす)所から始まったんです。『レミゼ』も始まりはプロローグで「ハーハッン、ハーハッン♪」と囚人として登場するので、稽古の最中にそれを歌ったら「それはいいから、曲でそういう感じのを作る」って(演出の)いのうえ(ひでのり)さんがオーダーしてくれたんで、それで僕の登場曲は『レミゼ』っぽくなりました。それ以外は、フィードバックされたものはないです(一同笑)。
──最後にお客様へのメッセージですが、橋本さんは以前「『レミゼ』は特に物語に注目してほしい」みたいなことをおっしゃってましたよね。
そうです、もちろん。キレイごとみたいに言うんですけど「お腹が膨れてたら、争いは起きない」というメッセージですよね。こんなきな臭い世の中ですし、欲しい物も買えていないかもしれないけど、今お腹いっぱいな日々を過ごせてるんだったら、めちゃくちゃ幸せなんやで……って、僕は思うんですよ。人というのは、パン一個だけでこんなになってまうんだっていうのを(笑)。そこまで感じてくれとは言いませんけど、物語は本当によく観ていただきたいです。
橋本じゅん 撮影=田浦ボン
この世の中は理不尽なことが多いし、空に向かって「何でですか?」って言いたくなるようなこともあるけど、それでも生きていかなきゃならない。でもそんな中でも恋人同士の、または夫婦の、そして親子の愛がやっぱりあるという。そんな誰が観たってわかりやすい、全世界に普遍的な物語が、素晴らしい曲で綴られるという。そのメンバーの一員にさせてもらったのはとても誇らしいことですし、ぜひ観に来ていただければと思っています。
取材・文=吉永美和子 撮影=田浦ボン

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