吉原光夫が5度目の『レ・ミゼラブル
』役者生活20年の2019年ーージャン・
バルジャンに挑む

19世紀初頭のフランス、ヴィクトル・ユゴーが自身の体験を基に当時の社会情勢や民衆の生活を克明に描いた大河小説を原作に、「無知と貧困」「愛と信念」「革命と正義」「誇りと尊厳」といったエッセンスを余すところなく注ぎ込んだミュージカル『レ・ミゼラブル』。19年間、投獄されていたジャン・バルジャンは仮出獄したものの、世間の冷たさにすさみ、銀の食器を盗んで逃げようとする。しかし、司教に人としての在り方を諭され、過去を捨てて新しい人生を生きようと決める――。日本初演は1987年。30年以上にわたって人々に愛され続け、2013年にロンドン初演25周年を機に舞台装置や照明、衣裳、登場人物のキャラクターなどの描き方を一新した"新演出版“が登場。2017年には上演回数が3100回を超えた。そんな中、2011年の帝国劇場開場100周年記念公演において吉原光夫が、日本公演で歴代最年少となる32歳でジャン・バルジャンに抜擢された。以降、敵役であるジャベールの二役も経験しながら、2019年に5度目のバルジャン役に挑む。その心境を聞いた。
吉原光夫 撮影=田浦ボン
最初に行われた取材会で『レ・ミゼラブル』(以下、『レ・ミゼ』)は修行のようだと話した吉原。「他の作品の時は明るくポップに、気持ち豊かに劇場に向かったり、お芝居ができたりするものが、『レ・ミゼ』の時はみんなストイックに、狂ったように取り組むところがあって。それが『レ・ミゼ』の魅力なんじゃないかな」。
劇団四季から演劇の道に進み、退団後は小演劇の世界にも足を踏み入れた。さまざまなカンパニーを経験してきた中でも、『レ・ミゼ』は毛色が違うという。「自分の人間性と照らし合わせて成長しようとする感じに近いのかな。ジャン・バルジャンの人生を疑似体験している。『レ・ミゼ』で演じることで、人として正しくあろうしたりとか、変わろうとしたりするのではないかなと思います」。
今年で5回目のバルジャンだ。初年時のことは「帝国劇場という宇宙みたいなところに放り込まれて、レジェンドと言われる人たちと同じ楽屋で過ごして、毎回必死でやってきたので記憶がない」と振り返る。2013年はバルジャンとジャベールの二役だが、ほぼバルジャンを演じることに。「自分が壊れたら公演がクローズになるかもしれないということもあって、ただひたすらに役を務めました。バルジャンを深めるとか、広げるとか、新しいものをつかむというよりも毎日務めることに集中しました」。2015年も再び二役となり、今度は二役をほぼ均等に演じた。「これはきついと。二兎を追う者は一兎をも得ず状態になるぞ、光夫!みたいな感じで追われました(笑)」。
そんな中、2017年でやっと地に足が付き始めた。そして見えてきたのは、ジャベールの方に共感する自分だった。「たとえば、ジャベールというダーツの的には矢をピシッと当てる自信があります。でも、バルジャンは、矢を投げようとしても手元がぶれてしまう感じがあって。ジャベールはどちらかというと影。バルジャンは自分の闇を正当化しようとしているというふうに見える。『彼を帰して』を、自分はずっと迷って生きてきて、これでいいのかと、その答えをくださいという歌とするなら、光と影がうねっているような感じがあるし、そこが難しいところ。未熟な人間が演じているのでどうしても手元がぶれる。同じバルジャン役をしたヤン・ジュンモ(2015年、2017年出演)なんかはすっと矢を投げる。あれは神なんじゃないかな (笑)。ジュンモは人間としても、考え方も達観していて僕とは違う聖人的なものを持っている。もちろんクリスチャンであることも大きいと思いますが、そこが僕にはないので。ただ、プロローグの時はピシッと投げる感じですね(笑)。うちの親がプロローグを観て“昔のあんたやな”って言ってました(笑)」
続くインタビューでは次のように語った。
吉原光夫 撮影=田浦ボン
--2013年と2015年、2017年はバルジャンとジャベールの二役でしたが、二役されたことでジャン・バルジャンという人物の見え方が違ってきましたか?
それはすごくあると思います。元々ジャベールを演じた人が後にバルジャンを演じることはあるのですが、昨日はジャベール、今日はバルジャンと公演中、交互にやった人は、僕の他にほとんどいなくて。舞台上ではカメラを切り替えて見ているような感じでしたね。稽古中はたまに、「なんで自分がここにいるんだ」って幽体離脱して見ているような感じがあって。それは結構面白い感覚でした。この感覚は、やってみないとわからないですね(笑)。
--二役の気持ちの切り替えはどういうふうにされていたんですか?
例えば、ジャベールを演じるときは周囲を遮断して、誰とも口を利かないとか、ウォーミングアップの場に行かないとか。超迷惑だったと思うんですけど、舞台裏の通路でずーっと歩いていたり。自分の中でジャベールの歩幅というものがあるんです。ジャベールの歩幅で響くカツカツという靴音。雨で光ったパリの暗い石畳に陰からすっと出てきて、カツカツと歩く。その感覚でずっと舞台裏を歩いたりして。みんな支度で通らなくちゃいけないのに「邪魔だ!!」みたいな(笑)。バルジャンの時は逆に開放的でした。バルジャンはいかに人に委ねていくかということでキャラクターができていく。一人で頑張ってもしょうがない。ミリエル司教に出会って、ファンテーヌに出会って、コゼットに出会って、どんどん人間が変化していく。それこそ『ドラゴンボール』のセルじゃないですけど、人を吸収してまた違う人間になる。コゼットに出会って父性というものを自分の中に見る。これは映画版がわかりやすいですね。『Suddenly』を歌うことによって彼の中から父性が現れる。その面では、バルジャンはまた別な意味で役作りをしなくていいところがあるんです。
--対照的ですね。閉ざすか、開くか。
そうなんですよ。旧演出版の演出家であるジョン・ケアードが言っていたんですけど、ジャベールは出てきただけで温度が1度下がったり、何かが変わってなければならないと。これは『ライオンキング』で演出のジュリー・テイモアも言っていました。「スカーは袖から出てきた時に、何をしにきたかわからなくちゃいけない」と。同じだなと思って。ただ、ジャベールは舞台上に出ていない時間が長いので、その間にどう人間が変わったのかということを描くのは結構大変でした。
--二役の時は大変でしたね。
トリプルキャストだったら、バルジャンのシーンを1時間、稽古をした時、キャスト3人でその時間を割る。ジャベールもやったときは、6分割しなくちゃいけない。完全に『ドラゴンボール』でいうところの、天津飯の「四身の拳」なんです(笑)。パワーも4分の1になるんですけど、自分の体を4つに割る。僕は自分の体を6つに割って、6分の1のパワーでやらなくちゃいけない。あれはトリプルキャストの大変さでしたが、お客様がその味を知っちゃったし、日本版の伝統になっちゃったんですよね(笑)。
吉原光夫 撮影=田浦ボン
--2011年に初めて出演されたときはオーディションを受けて。
そうです。
-―それは『レ・ミゼ』に出たくて受けられたんですか?
そうではないんです。俺は『レ・ミゼラブル』を観ずに入っていますから。当時、小劇場で演劇を作っていて、キャパ100人とか、90人の劇場で10公演やって全部で1200人満杯にしたとか言って燃えていたんです。「うちの劇団も1200人、入るようになったぞ」って言ってたら、友達が「小劇場で自己満足するのもいいけど、大きい舞台に出てみてれば? てか、出れないの?」って。そう言われた瞬間、カチーンときて。「いや別に出れるけど」みたいな(笑)。それで、なんでもいいから大きい劇場のオーディションないかって探したら『レ・ミゼ』があったんです。で、革命家っていいなみたいな感じでオーディションを受けたら、めっちゃイケメンの人たちと並ばされて、歌も歌わずにジャベールに書類をすっと回されて。なのでジャベール役で受けたんですけど、『スラムダンク』の安西先生みたいな感じでプロデューサーが「きみ、きみ、きみ」ってやってきて。「何かうちらが悪いことしたかね? 怒ってるみたいだから」って謝られたんです。「いや、怒ってないですよ、いつもこんな感じなんで」とか言ってたら、「きみ、これをやってみないか」と言われて渡されたのがジャン・バルジャンの譜面だったんです。俺、譜面が読めないので、そこでちょっと音源聞かせてくれって。それがめっちゃちっさい音源で(笑)。みんなオーディションで緊張してんのに、俺だけずっとちっさい音を聞きながらバルジャンを受けましたね。でも、その時はダメだったんですよ。で、後日、歌のレッスンを始めて。毎日通って、バルジャンをできることになったんです。
――友達の一言は大きかったんですね。
そうなんですよ。そいつのおかげと言えば、そいつのおかげなんですよ。
--そこから上演されるたびに、出られて。
そうですね。本当、新しい世界を見せていただいています。
--吉原さんは小劇場という密度の高い空間でもされているし、『レ・ミゼ』のような大きなミュージカルにも出られていて、とてもふり幅が広いなと思うのですが、大きい作品の魅力はどういうところにあると思われますか?
小劇場で観ている人からすると「違うものを観た」という感じがあると思います。逆にグランドミュージカルを観ている人からすると小劇場の空間に驚くことがあると思うんです。それは未知の世界だと思います。小劇場は「わかる人にはわかる」みたいな難しいものをやっているところもあるのですが、今は、その両方の良さを伝えていきたいなと思っています。
――吉原さんのこれまでのご経歴も踏まえて。
僕は結構、人との出会いが良くて。劇団四季で経験した後、演出家の小川絵梨子に出会いました。僕は小川絵梨子が見ている世界を知らなかったので、それからイギリスに短期留学とかしてディープな世界を知りました。その上で、また自分がもう1回大きなステージに出てきたのが『レ・ミゼラブル』でした。小川絵梨子と出会うまでは「正面向いてなんぼ、手を広げてなんぼ、かっこつけてなんぼ」と思っていたところを、「相手が横にいるのに、なんで正面見てるの?」とか言われて。それから小川絵梨子が親になって、もう1回演劇をやり直して。かっこ悪く居ることの難しさとか知りましたね。「うちらは日常を描いているんです」とか言われたりして。でも、舞台で非日常を見たくて来ている方からすると「日常を描かれても」というところがあると思うので、そこで結構、戦っているんですよね。難しいですね。
吉原光夫 撮影=田浦ボン
ーー今年で俳優生活20年ですね。
そうなんですよ!
--これからはどのようにお考えですか?
ノープランで生きてきたので、これからもノープランで行こうと思うんですけど、自分の直感でいいなと思ったり、針が触れる方に行きたいなとは思っています。でも、20年やってきたのは自分一人の力ではないので、何かやろうかなと思ってます。……ということを今、初めて伝えました。何かやろうかな~、なんつって♪
取材・文=岩本和子 撮影=田浦ボン

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