あらゆる境界線を超える! 舞台『み
みばしる』プレビュー公演&囲み取材
レポート

ラジオ発の異例尽くしの注目作品『みみばしる』のプレビュー公演が、2019年2月6日(水)に東京下北沢・本多劇場で上演された。その翌日にはフォトコールと囲み取材も行われ、演出家の松居大悟、音楽監督の石崎ひゅーい、主演の本仮屋ユイカをはじめとする4名のキャストが作品への意気込みを語った。
『みみばしる』は2018年に開局30周年を迎えたJ-WAVEと、松居大悟が主宰する劇団ゴジゲンの10周年を記念したラジオ✕演劇のコラボ企画として誕生した。異例なのは、その製作過程だ。松居大悟がナビゲーターを務めるラジオ番組「JUMP OVER」(J-WAVE/CROSS FM 毎週日曜23:00-23:54 ON AIR)で、舞台の打ち合わせや稽古の模様を公開。約1年かけて、ラジオにまつわるエピソードやフライヤーデザインに至るまで、リスナーからのアイディアを惜しみなく取り入れてきた。さらに、プロアマ問わず出演者を公募。オーディションの結果4名もの演劇未経験のラジオリスナーが舞台に立つこととなった。まさに、製作過程の時点で「受信者と発信者の境界を超える」というテーマを体現している作品なのだ。
元リスナーが舞台に立つ姿に勇気をもらえる
本公演は、上演時間1時間55分で休憩なしの1幕もの。できることなら余裕を持って劇場へ足を運んでほしい。なぜなら、開場時間中に松居大悟本人が劇場ロビーに設置されたDJブースで毎公演生ラジオを放送するからだ。初回となるプレビュー公演時は、ゲストに石崎ひゅーいとラジオDJのサッシャの2人を招き、ロビーと客席限定の2局ネット劇場ラジオが披露された。
舞台『みみばしる』 フォトコール
物語の始まりは、劇団サワシステムの新人制作スタッフ・妙子(本仮屋ユイカ)が稽古場で前説の練習をしているシーンから。実際に劇場にいる観客が自然と物語に入り込むことができる、うまい導入だ。
舞台『みみばしる』 フォトコール
そこに制作主任の石村(日高ボブ美)が現れ、妙子のぎこちない前説に茶々を入れる。座長の澤(ゆうたろう)をはじめ続々と劇団員がアップを始める中、引っ込み思案な妙子は劇団独特の空気にうまく馴染めない。

舞台『みみばしる』 フォトコール
舞台『みみばしる』 フォトコール
舞台『みみばしる』 フォトコール

場面は変わり、妙子が自宅に帰ってきた。妹・菜絵子(祷キララ)と今日あった出来事を話していると、泥酔したタクシー運転手の父・賢治(市川しんぺー)が帰ってくる。やたら大声で娘たちの会話に入ってくる父は、菜絵子の「キモい!」の一言で一蹴されてしまう。賢治の背中からは、なんだか憎めない哀愁が漂っていた。
舞台『みみばしる』 フォトコール
すると突然、菜絵子が思い出したようにラジオを聞き始めた。しばらくすると、部屋にラジオの音が漏れ聞こえていることに気づく。菜絵子は眠りに落ち、ラジカセからヘッドフォンのコードが抜けてしまったようだ。なんとなく、妙子はそのままラジカセを持ってベランダへと向かう。流れてきたのは、ダッシュ小池(玉置玲央)がナビゲーターを務めるお悩み相談番組「EAR EARTH」だった。コールセンターで働き苦情ばかり受けているというリスナーマァム(小松有彩)の悩みに対し、ダッシュは全力で優しいアドバイスをする。
いつのまにか妙子は、リスナーとダッシュではなく、自分とダッシュの1対1のやり取りをしているような錯覚に陥っていく。舞台上には、各々の場所で同じようにラジオに耳を傾けるリスナーたちの姿がそこかしこに見えてくる。この日を境に、ラジオネーム「毎日つち」として日々の悩みをラジオ番組に投稿し始める妙子だったが……。
舞台『みみばしる』 フォトコール
シンプルなこの舞台を鮮やかに色づけているのは、石崎ひゅーいが作りあげ、ワタナベシンゴ(THE BOYS & GIRLS)が奏でる楽曲たちだ。がむしゃらにかき鳴らされるギターと迷いがない歌声は、劇中のシーンと相まって容赦なく心を揺さぶってくる。
本作で繰り広げられる歌唱シーンは、いわゆるミュージカルのそれとは少し違う。妙子をはじめとする登場人物が歌うこともあるが、基本的には歌・演奏担当のワタナベシンゴが工事現場のセットの奥で1人で歌い、演奏する。スポットライトは当たらない。まるで映画の挿入歌のようでもある。舞台上で繰り広げられるストーリーと楽曲はそれぞれ独立して存在し、一方で融合してひとつの作品を作り上げていた。
忘れてはならないのが、演技未経験から舞台に立つことになった元リスナーのキャストたちだ。彼らが発する真っ直ぐなセリフには胸に迫るものがある。もはや演技ではなく、彼らそのものだからだろう。これに勝るリアルはない。ほんの少し前まで「JUMP OVER」のリスナー(受信者)だった人たちが、今目の前で実際に舞台に立っている(発信者)という事実に勇気をもらえる。
もしかしたら、境界線なんてはじめからないのかもしれない。あらゆる境界線を飛び越えていく登場人物たちを見ていると、自然とそう思えてくるから不思議である。「人生なんてぜんぶかんちがい」なのだ。境界線がなくなる瞬間を、その目で見て、耳で聴いて、感じてほしい。
松居:「受信者から発信者になるきっかけになれたらいいな」
囲み取材に移り、改めて『みみばしる』という言葉の意味を聞かれた松居は、「造語なんですが、耳って手や口と違って自分で発信することはできない。でも、耳から聞いた言葉で本能的に行動を起こすことはできる。そんな意味を込めました」と説明。
舞台『みみばしる』 囲み取材
本作で初めて音楽監督を務めた石崎は、作品を観た感想について「私は満足……もう満足です。自分の音楽をこんなに尊く感じることって、人生でそうはない。演劇と合わさることで音楽の力ってすごく倍増するんだな、と。実は稽古の最終日あたりから涙が止まらなくて、恥ずかしいからマスクで隠しているんですよ。やればやる程膨らんでいくというか、生まれ変わっていくというか、どんどん良くなっていくからそれも面白いし、何回観ても楽しい舞台なんじゃないかなと思っています」と、日々進化し続ける作品に感無量の様子だった。

舞台『みみばしる』 囲み取材

本作で舞台初主演を務める、主人公・妙子役の本仮屋は、「主演なんですけど、あんまりそこピンときていなくて。と言いますのも、私はたまたまセリフが多くて出演時間が長い役割なだけで、全てのキャストが主役なんです。それくらい一人ひとりが熱くて、輝いていて、重要な使命を持ってここに立っているということをひしひしと感じています。舞台未経験で初舞台という人がすごく多いのですが、リスナーとして自分自身を体現して舞台に立ってくれている子たちは、本物なんですよね。本物がただそこに本物として存在している。その存在感に引っ張ってもらいながら、ただただ私はこのチームでいられる幸せを噛み締めています」と、一つ一つの言葉を丁寧に選びながら切々と語った。
舞台『みみばしる』 囲み取材
足が不自由なラジオDJ・ダッシュ小池役の玉置は、「この作品は劇に参加している人も観に来る方も、皆さんいろんなジャンルで、経験や年齢もバラバラだと思うんです。いろんな人たちが垣根を超えて集まれるということが、演劇や舞台作品の素晴らしいところだなと思っています。みんなで良いお祭りができればいいですね」と意気込みを語った。
舞台『みみばしる』 囲み取材
ちょっと性格が悪い高校生・ヒロミツ役の前田は「すっごい私事なんですけど、成人式と稽古がめっちゃ重なっていたんですよ。それで成人式には参加できなかったのですが、後悔とかは全くしていなくて。稽古場でお祝いをしていただきましたし、何よりこの作品を通してすごく成長させてもらいました。悩み抜きましたし、楽しくもあり辛くもあり、本当に一緒にいい経験をさせていただいています。千秋楽が僕の成人式になればなという想いで、自分自身頑張っていけたらと思います」とコメント。その直後、玉置から「それは舞台を私物化してるってこと?」とツッコミを受ける場面も。
舞台『みみばしる』 囲み取材

劇団サワシステム主宰・澤役のゆうたろうは、「僕は学生時代に全然学校に行けなくて、すごく内にこもる子だったんですけど、僕の場合お洋服というのが人生を変えるきっかけになったんです。そこで受信者から発信者になれました。『みみばしる』は、SNS時代やネット社会と言われる今を生きる子たちにぜひ観てほしい作品です。受信者だった子たちが、ちょっとでも発信する何かを得てくれればいいなと思います」と、自身の経験を作品に重ねてコメントした。

舞台『みみばしる』 囲み取材
最後に松居は、「今回初めて稽古に挑戦する子もいて、足が震えながら声を出すという、表現の最初の部分にみんなで一生懸命取り組んでいます。物語としても、受信者だった主人公・妙子は少しずつ発信者になっていきます。舞台を観にきたお客さんたちが受信者となり、この作品を観たことによって心が動いて『自分で何かやってみよう』と発信者になるきっかけになれたら、すごくいいなと思います」と、これから公演を観る人たちに向けてメッセージを送った。

舞台『みみばしる』 囲み取材

取材・文・撮影= 松村 蘭

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