真の北斎に近づく『新・北斎展 HOKU
SAI UPDATED』レポート 永田コレク
ションは最後の東京公開

『新・北斎展 HOKUSAI UPDATED』が、森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ 森タワー52階)で2019年3月24日(日)まで開催中だ(会期中、展示替えあり)。
葛飾北斎の展覧会は、さまざまな切り口で頻繁に開催されている印象がある。しかし「北斎」と聞いて思い浮かべるのは、「冨嶽三十六景」の大波や赤富士、そして『北斎漫画』という方が多いだろう。『新・北斎展』は、20歳のデビューから90歳までの画業の変遷を紹介するという試みだ。北斎のイメージをアップデートする展覧会『新・北斎展』の見どころを、16日に開催されたプレス内覧会よりレポートする。
東京では見納めの永田コレクション
本展キュレーターの浮世絵研究家・根岸美佳氏は、ギャラリートークの冒頭で「本来でしたらここでご挨拶するのは、永田生慈先生でした」と切り出すと、2018年2月6日に他界した北斎研究の第一人者、永田氏の功績や、残した言葉に触れながら、作品の見どころを解説した。
本展覧会は、約480件(会期中、展示替えあり)の作品が展示されるが、そのうち件数では7割、点数では9割が永田コレクションの作品なのだそう。永田氏は約半世紀をかけて、北斎やその門人の作品を蒐集し、2,000件を超えるコレクションを形成した。永田氏の遺志により、コレクションは一括して、故郷・島根県に寄贈されており、『新・北斎展』閉幕後は、島根県のみで公開されることとなる。東京で永田コレクションを見るのは、これが最後の機会になるだろう。
「新・北斎展」展示風景
北斎の認識をアップデート
画法、技法、作風など、進化し続けた北斎を、永田氏は「金太郎飴みたいに、切るところ切るところで同じ顔が出てくるような、そんな簡単な絵師ではないんだよ」と言ったのだそう。
金太郎と熊 天明年間(1781~89) 島根県立美術館(永田コレクション) 2月18日(月)まで展示
北斎は、絵師としてのスタイルだけでなく、住まいや画号も頻繁に変えた。この展覧会は、30以上あるという北斎の画号の中から代表的な6つを取り上げ、時代を区切り、各章のタイトルとしている。展覧会を画号で全6章に分ける構成は、永田氏が10年以上前から温めてきた企画だったという。
北斎デビュー、春朗期
「北斎の画風や画法、技法の変化を理解するには、画業の全期を通覧してもらうのが良いだろう」
そのような意図で構成された全6章のはじまりは、「勝川春朗」を名乗っていた20歳の頃の作品だ。北斎は、19歳で勝川春章に入門。役者絵《四代目岩井半四郎 かしく》は、デビューしたころの錦絵だと考えられている。
「ご覧いただければわかるように、北斎は必ずしも最初から絵が上手な絵師だったわけではありません。春朗を名乗っていた時期には拙さもあり、そこから見はじめて波の絵や富士山の絵までいくと、どれだけ努力をしたかを感じていただけるのではないでしょうか」
根岸氏の言葉のとおり、この時期の作品から、パッと見ただけで特別な要素を感じとることは難しかった。それでも「この絵師がのちの北斎」と逆算する目で見てみると、丁寧にひかれた線、手掛けたモチーフの幅や点数の多さから、駆け出しの北斎がひたむきに筆をとる姿を想像させられた。
《四代目岩井半四郎 かしく》安永8年(1779) 島根県立美術館(永田コレクション) 1月28日(月)まで展示(手前)五代目市川団十郎 松王丸・市川門之助 桜丸 天明8年(1788) 島根県立美術館(永田コレクション) 1月28日(月)まで展示
北斎は、他の一門の絵師たちの作品にも関心を持っていた。たとえば歌川豊春の弟子に負けないほど、豊春の絵を研究していたといい、「新板浮絵両国喬夕涼花火見物之図」では、西洋の透視遠近法を用いている。「浮絵」は、浮世絵の様式のひとつ。技法により浮き出て見えることから「浮絵」と呼ばれたのだそう。作品を前に、江戸の人々が楽しんだ3Dを体感してほしい。
《鎌倉勝景図巻》は、初公開作品。9メートル近くある作品に、現代の横浜市磯子区から始まり鎌倉・江ノ島辺りの名所を30箇所取りあげ、その図に地名と俳句が添えられるように描かれている。制作されたのは、役者絵をメインに描いていた「春朗」から「宗理」に変わる過渡期の頃。この作品をきっかけに、それまで言及されることのなかった、北斎と俳諧の関係が注目されるようになったという。
《鎌倉勝景図巻》 寛政5~6年(1793~94) 島根県立美術館(永田コレクション) 通期展示※場面替えあり
挿絵も美人画も、宗理期
宗理期のセクションでは、36歳頃より約10年間の作品が紹介される。勝川派を離れ、琳派の俵屋宗理の名前を継いだ北斎。狂歌摺物や狂歌絵本の挿絵で評判になった時期にあたる。肉筆画も多く手掛けている。《夜鷹図》は、宗理期の美人図の佳作。柳の木の下にいる夜鷹を描いた作品だが、その筆致と余白の作り方からは、洗練された印象を受ける。
(手前)《夜鷹図》寛政8年(1796)頃 細見美術館 2月18日(月)まで展示
《津和野藩伝来摺物》も、全118点が4期に分けられ公開される。摺物とは、個人がプライベートで絵師に依頼し、制作させたもの。一般流通はさせない作品であり、サイズは小さいものの、丁寧に贅沢に創られているものが多いという。本作も、旧津和野藩主家が秘蔵していたことから状態もよく、鮮やかな色彩を楽しむことができる。
葛飾北斎《津和野藩伝来摺物》全118枚より「楊貴妃、小野小町、蓮華女」 寛政9年(1797)頃 島根県立美術館(永田コレクション)  通期展示 ※4期に分けて全点を展示
葛飾北斎期から戴斗期
特別出品《隅田川両岸景色図巻》は、7メートル近くある。描かれているのは、隅田川の岸の様子だ。この作品は、1902年にフランスで競売にかけられた。その際のオークションカタログにより存在は知られていたものの、行方がわからないまま約100年が過ぎていた。それが2008年、ふたたびロンドンのオークションに姿を現したものを墨田区が取得。北斎研究において、平成二大発見の一つに数えられる作品となった(1月17日(木)~2月11日(月・祝)の限定公開)。
《隅田川両岸景色図巻》文化2年(1805) すみだ北斎美術館 2月11日(月・祝まで展示)
葛飾北斎期には、小説の挿絵に力を入れ、曲亭馬琴とのタッグが人気を博す。『新編水滸画伝』初編初帙 文化2年(1805) 島根県立美術館(永田コレクション) 通期展示
平成6年のシンシナティ美術館での調査で発見された「かな手本忠臣蔵」も本展覧会で公開中。《円窓の美人図》、《向日葵図》も、シンシナティ美術館での調査で発見されたものだ。

《円窓の美人》文化2年(1805)頃 シンシナティ美術館 通期展示
北斎は戴斗期になると、絵手本を多く手掛ける。『北斎漫画』シリーズは、江戸の暮らしや伝説、宴会芸の指南までテーマは幅広く、その絵には北斎のユーモアとサービス精神が溢れていた。会場には海外メディアも多数詰めかけていたが、『北斎漫画』は、国も言葉も関係なく観るものの表情を柔らかくするだろう。

『北斎漫画』文化11〜明治11年(1814〜78) 島根県立美術館(永田コレクション) 通期展示※頁替えあり
「THE北斎」為一期
第5章には、「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」や「冨嶽三十六景 凱風快晴」など、“いわゆる北斎”が生まれた「為一期」の作品が展示されている。第1章のデビュー作からここに至る経緯を見てきたことで、大波も赤富士も、天才の突飛な思い付きではなく、努力と熱意の結果、描かれたものなのだと感じられる。
中央が「冨嶽三十六景 凱風快晴」天保初期 (1830-34)頃 島根県立美術館 (新庄コレクション) 2月18日(月)まで展示《芙蓉に雀》天保初期(1830~34)頃 島根県立美術館(永田コレクション) 1月28日(月)まで展示
「百物語」は、大胆な構図や色遣いが、不気味さに迫力を与える。ここでぜひオススメしたいのが、オーディオガイドだ。ナビゲーターは貫地谷しほり、語り役は講談師の神田松之丞。井戸の中から現れ、お皿を数えることでお馴染みの「お岩さん」のところで隠しトラック発見。北斎のお岩さんを前に、講談師による東海道四谷怪談を聞くという贅沢な体験をしたい方は、入場時に、オーディオガイドのレンタルをお忘れなく。
(左端が)「百物語 お岩さん」天保2~3年(1831~32)頃 中右コレクション 2月18日(月)まで展示
進化し続けた、画業老人卍期
卍は最後の画号。シンシナティ美術館より初来日する《向日葵図》は、88歳の時に描かれたものだという。
《向日葵図》弘化4年(1847) シンシナティ美術館 通期展示
最後の展示室で、圧倒的な存在感を放っているのが《弘法大師修法図》。戦後行方がわからなくなっていた作品で、1983年に永田氏の考究により、西新井大師の物置で見つかったという。北斎の肉筆画としては最大級のもの。現代でいう「後期高齢者」の時期に、衰えるどころかこの迫力と緊張感だ。
《弘法大師修法図》弘化年間(1844~47) 西新井大師總持寺 通期展示
本当の北斎、最新の北斎を知る展覧会
「本当の北斎を、日本の多くの方にもっと知っていただきたい。これは永田先生が常々おっしゃっていたことです。この展覧会をきっかけに『北斎はこんな絵も描いていたのか』と知っていただき、また新たな北斎像を感じて帰っていただければ」と根岸氏は語った。
展示風景
北斎の約70年に及ぶ画業の、尽きないエネルギーに圧倒される『新・北斎展』。30日からは《雨中の虎図》(太田記念美術館)と《雲龍図》(ギメ美術館)(ともに嘉永2年(1849))が登場し、2月21日からは、もっとも絶筆に近いと言われる作品《富士越龍図》(嘉永2年(1849)北斎館)が展示される。天に上る黒い龍と富士が描かれた作品だ。保存の観点から、作品の入れ替え、頁替えをしながらの展示となる。目当ての作品がある方は、展示作品リストで日程を確認の上、予定を立ててほしい。

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