ミュージカル『アニー』韓国版 観劇
レポート~大統領が立った! 【THE
MUSICAL LOVERS】Season 2 ミュージ
カル『アニー』【第30回】

【THE MUSICAL LOVERS】

Season 2ミュージカル『アニー』
【第30回】ミュージカル『アニー』韓国版 観劇レポート~大統領が立った!
前回はこちら

ミュージカル『アニー』の韓国公演(韓国人による韓国語での公演)が2018年12月15日(土)~12月30日(日)、韓国・ソウルの世宗文化会館 大劇場でおこなわれた(主催:世宗文化会館)。ソウルでは2011年以来、実に7年ぶりの上演となった(参照記事)。
クリスマスまでの2週間を描いたこのミュージカルを、ちょうどクリスマスの時期に観劇できる絶好のチャンスということで、東京で『アニー』クリスマスコンサート2018を見届けた筆者は、すぐにソウルへと旅発ち、クリスマス・イヴの12月24日ソワレと、クリスマスの12月25日マチネの2ステージを観劇することに。今回の『アニー』韓国公演は、アニー、ウォーバックス、ハニガン、グレース、ルースターが全てWキャストだったのだが、筆者の観た2回分で全出演者を次のとおりコンプリートできた。
▼12/24(月)ソワレ(19:30開演)/アニー役:チョン・イェジン、ウォーバックス役:パク・クァンヒョン、ハニガン役:パク・ソンオク、グレース役:イ・ヨンギョン、ルースター役:ホ・ドヨン、リリー役:ユ・ミ、ルーズベルト大統領役:パク・ソンフン
▼12/25(火)マチネ(15:00開演)/アニー役:ユ・シヒョン、ウォーバックス役:チュ・ソンジュン、ハニガン役:ピョン・ジョンス、グレース役:ワン・ウンスク、ルースター役:イ・ギョンジュン、リリー役:ユ・ミ、ルーズベルト大統領役:パク・ソンフン
世宗文化会館は、大劇場(3,022席)、Mシアター(609席)、チェンバーホール(443席)で構成される複合文化施設である。大統領府にもほど近い光化門広場の、有名な世宗(セジョン)朝鮮国王像のすぐ脇に立っている。すぐそばの清渓川(チョンゲチョン)では、日が暮れると「クリスマスフェスティバル」のイルミネーションが華やかに展開され、多くの見物客で賑わっていた。
世宗文化会館
劇場の大階段は、『アニー』ラッピング仕様!(ロゴの上に常に人が……)
世宗文化会館 大劇場の各客席後部にはデジタル・サイネージがついており、上演時間・休憩時間の案内や今後の公演のCM等が流れている。とても先進的なシステムだと思う。
椅子後部のサイネージ
これまでソウルでさまざまなミュージカルを鑑賞してきた筆者だが、韓国の『アニー』を観るのは今回が初めてだった。どのような仕上がりなのか、日本で上演される同作品とどう違うのか等々、興味津々であった。結論から先に述べると、それは、とにかく可愛らしく、そして、初心者でもストーリーを追いやすいよう、細部にこだわらず、わかりやすく工夫されていた。一方、音楽のテンポは全体的にゆっくりめ。場面場面で具体的なセットがきちんと組まれている。群舞はユニゾン(皆が同じ振付で踊る)が基本。奇を衒わずに1933年を描く、クラシカルなミュージカルという趣向で、出演者の歌唱・演技のレヴェルが皆高かったこともあって、ソウルまで行っただけの甲斐がある、大きな満足感を得ることができた。
(c)世宗文化会館
<第一幕:1933年12月11日~19日、ニューヨーク>
■冒頭からクルクルヘア
日本版と異なる点は色々あった。たとえば韓国のアニーは、冒頭シーンからおなじみの“クルクルヘア”だった。
もちろん、多くの人々にとってアニーで思い浮かべるイメージは、赤毛のクルクルヘア少女であろう。公演ロゴの中にも佇んでいる、あの彼女である。そこに使われているアニーのイラストは、『小さな孤児アニー』というコミック・ストリップ(続きマンガ)の作者ハロルド・グレイによって描かれたものだ。ミュージカル『アニー』は、その『小さな孤児アニー』をもとに、「世界一貧しい少女」「世界一金持ちの男」「犬のサンディ」のキャラクターが造形されている(当連載【第4回】参照)。しかし、いつの頃からか舞台におけるアニーの髪型は物語の途中まで、イラストのそれとは少々異なることが標準化されてきた。ところが、である。韓国のアニーは、冒頭からイラスト通りのクルクルヘアで登場した。わかりやすさを優先させる姿勢が明快に伝わってきた。
また、韓国のアニーは、見た目が日本のアニーよりずっと幼い感じがした。アニーの年齢設定は本来11歳であるが、今回Wキャストで演じたチョン・イェジンとユ・シヒョンの二人共、10歳より下というか、小学校の低学年にさえ見える(彼女らの実年齢は不明)。ただ、それでいて演技が非常に達者なので、大人たちと堂々と渡り合う姿など見るにつけ痛快無比なのだ。
【アニー】チョン・イェジン/ユ・シヒョン(Wキャスト) (c)世宗文化会館
一方、孤児モリー(チョン・ヒョウォン)には意外にも日本版のような幼さは感じられなかった。本来は6歳設定だが、8歳くらいにも見え、演技もしっかりとしているので、アニーの同志的存在のようにも映るのだった。今回の孤児たちは『ビリー・エリオット』や『フランケンシュタイン』などにも出演経験のある実力派ばかりなのだが、モリー役のヒョウォンもまた、韓国MBCの人気幼児番組「ポポポ みんな、遊ぼう」などに出演するプロフェッショナルな子役で、さればこそ安定感のある演技にも十分に得心が行った。
以下、ストーリーを辿りながら、今回の韓国版における特筆点などを見ていこう。
■アニーの脱走を意図的に助ける洗濯屋
孤児院長ハニガンのもと、孤児院で暮らしていた孤児たちとアニー。アニーは物語序盤に、洗濯屋バンドルズの洗濯袋(韓国版ではバケツ)に入って孤児院を脱走する。しかし韓国版においてバンドルズという名前は出てこず、洗濯屋は単に「アジョシ(おじさん)」と呼ばれていた。後にも解説するが、韓国版『アニー』で名前を呼ばれるのは、物語の核となる数人のみ。その他の名前は舞台上では省かれている(ただしパンフレットを購入すれば、そこで役名を確認することができる)。ここにも物語をシンプルに伝えようとする、わかりやすさ優先の意図が窺えるのだった。
洗濯屋のおじさんは、アニーが洗濯バケツに入っていることを知りながら、フーバービル(失業者たちの貧民街。詳細はこちら)まで連れてゆく。つまりアニーの脱走を意図的に手伝っているのだ。その設定も韓国独自のものである。そしてアニーは、ここですぐに人前に現れ自分の両親を探すことはせず、しばらくは洗濯バケツの中に収まっている。
すると洗濯屋はクリーニングで収集した顧客の上等な背広を勝手に着始め、フーバービルの人たちに肩車をされ、リーダー然とした風情で「Hooverville(We'd Like to Thank You, Herbert Hoover)」を歌い出すのだ。そう来たか! お金持ちの服をクリーニングするはずの洗濯屋が、あたかも自分が上等な服の主であるかのようにふるまうその様子は、ジョナサン・スウィフトの(というか寺山修司の)『奴婢訓』のようだ。ちなみに、この時のアニーは「鍋さえないよ」の部分だけ、バケツの中から頭だけちょこっと出して歌に加わる。バケツの蓋を鍋の蓋に見立てる演出は滑稽で笑えた。
「Hooverville(We'd Like to Thank You, Herbert Hoover)」の曲のあと、リンゴ売りからアニーがリンゴを1つ恵んでもらう「みなしごのピクニック」のシーンが出てきた。元々このシーンは『Annie JR.』と呼ばれる子供向けヴァージョンの第二場冒頭にのみ存在するのだが、ジョエル・ビショッフ演出時代の日本版には何故かあったのだ。しかしオリジナル台本に忠実な現在の山田和也演出版では消えている。ゆえに韓国で、このシーンに再会できて感慨深さを覚えた。
また、韓国版で野良犬サンディとアニーが出会うのは、フーバービルでのシーンの最後だった(日本ではもっと早くに出会う)。そこで、いよいよ「Tomorrow」が歌われるのだが、筆者の観た2ステージ共、曲の間中ずっと脇のサンディがアニーと一緒に歌っていて(吠えていて)、劇中最大の聴かせどころというべきアニーの歌唱がほぼかき消されていたのは御愛嬌というべきか。
サンディと「Tomorrow」をデュエットするアニー(ユ・シヒョン) (c)世宗文化会館
■罰を受けるポーズは韓国風
警官によってアニーがフーバービルから孤児院へ連れ戻されるのは万国共通。ただ、韓国版のハニガン院長は、アニーの脱走が公にならぬよう(自分の監督責任を問われないように)、警官に賄賂のようなものを渡していたのが印象的だ。警官が去ると、アニーはハニガン院長に怒られることを悟ったのであろう、自主的に両手を上げて立たされるポーズをとる。そう、韓国では学校などで悪さをして罰として立たされる時に、両手を上げさせられるのである。アニーはハニガンに叱られる厄介さに先回りして、韓国風の罰を受ける身振りをさっさと示し、場内の笑いを誘っていた。
ハニガン(パク・ソンオク)に立たされるアニー(チョン・イェジン) (c)世宗文化会館
そこへ大富豪ウォーバックスの秘書・グレースがやって来る。クリスマス休暇の間、ウォーバックス邸に孤児院の子をひとり招待するために。
グレースを迎えるハニガン(ピョン・ジョンス) (c)世宗文化会館
ハニガンに部屋から追い出されたアニーは、時おりドアを開けてグレースの様子を探りに来る。アニーのこの悪戯っ気たっぷりの表情が可愛い!
グレースの様子を探りに来るアニー(チョン・イェジン) (c)世宗文化会館
「陽気な子を求める」という要望に対して、必要以上にケラケラ笑って、自分がさも陽気であるかのようにアピールしてみせるアニーはグレースの心を掴むことに成功(自分の賢さを示すために「ミシシッピ」の綴りを誇らしげに言う箇所は韓国版では省かれていた)、ウォーバックス邸でクリスマス休暇を過ごすこととなる。
■ミセス・ピューはいない
ウォーバックス邸に到着したアニー。韓国版ではこの時点で、グレースに買ってもらったコートが完全に「アニー」を象徴する赤い服(長袖)だった。また、従僕やメイドたちに歓迎される「I Think I'm Gonna Like It Here」の歌の時点ですでに、おなじみの「半袖アニー服」だ。アニーという存在を早々にわかりやすくアイコン化して視覚に訴える。
従僕やメイドたちはクラシカルなデザインの衣裳をまとっている。メイドの、フリルいっぱいのエプロンやキャップが可愛らしい。出張から帰宅したウォーバックスが、家に貸与された泰西名画に対してあれこれ言うところや、ミセス・ピューが用意した夕食を断る台詞はカットされていた。というか、ミセス・ピュー自体いない。メイドたち(メイド長グリア、セシル、アネット)も名前を呼ばれないため、「I Think I'm Gonna Like It Here」の歌詞においても、メイドたちの名前が出てくる部分はカットされていた。それどころか、ウォーバックスもアニーから「アジョシ(おじさん)」と呼ばれているし、アニーもまた執事ドレークから「アガシ(お嬢さん)」と呼ばれている。そういえば孤児院でもハニガンは「院長様」と呼ばれていた。全体的に細かい固有名詞や情報はできるだけ省き、話の大幹だけ見せてゆくという基本方針のようだ。
ウォーバックス邸での「I Think I'm Gonna Like It Here」 (c)世宗文化会館
■「未来のスター」は3人組
ウォーバックス邸に招かれたアニーは、タイムズスクエアに映画を観に連れて行ってもらえることになる。孤児院での生活しか知らず映画を観たことのないアニーは大いに喜び、ウォーバックスにも一緒に来るよう誘うアニー。あっさり断られても「ケンチャナヨ(大丈夫よ)」と、陽気にグレースと駆けてゆく。そんな楽しそうなアニーやグレースの様子を見てウォーバックスも羨ましくなり、結局自らアニーらを連れ出す、という流れになっていたのも韓国版ならではだ。
タイムズスクエアへと歩いていく3人。韓国のウォーバックスは「N.Y.C.」の部分を「ニューヨーク市~」と歌う。これもおそらく、わかりやすさ対策の一環なのだろう。
「N.Y.C.」グレース(イ・ヒョンギョン)、アニー(チョン・イェジン)、ウォーバックス(パク・クァンヒョン) (c)世宗文化会館
「N.Y.C.」の場面に出てくる未来のスターは通常1人だが、韓国版では女性3人組だった。彼女らが歌う「N.Y.C.」の部分は「ヨ・ギ・ソ」、意味は「ここで」。「スター」という言葉を何度も使い、「ここでスターになる」ということを観客に刷り込む。果たして、この3人組の未来は? それは第二幕で明らかになる。それぞれ楽器を持っているので、音楽系の女性3人組……と、カンのいいアニーファンならば、この時点で彼女らの将来の姿に気づくだろう。
「N.Y.C.」未来のスターは3人組 (c)世宗文化会館
■若いウォーバックスと年配のウォーバックス
アニー、ウォーバックス、ハニガン、グレース、ルースターは全てWキャストの韓国公演、とりわけ役作りの違いが顕著だったのは、ウォーバックス役のパク・クァンヒョン(12月24日ソワレ観劇)と、チュ・ソンジュン(12月25日マチネ観劇)だ。パク・クァンヒョンのウォーバックスは、韓国ドラマでよく見かける「若手実業家」といった感じ。年配のチュ・ソンジュンは「老舗財閥の総帥」といった雰囲気だった。
【ウォーバックス】チュ・ソンジュン/パク・クァンヒョン(Wキャスト) (c)世宗文化会館
「N.Y.C.」最後、アニーが寝てしまい、ウォーバックスが抱きかかえるおなじみのシーン。12月24日夜と25日昼の演出は明らかに違っていた。24日夜のウォーバックスは若手のパク・クァンヒョン。アニーを抱きかかえ、「Good night」とキスをすると、傍で見ていたグレース(イ・ヨンギョン)が「キャッ」と驚く。さらにアニーが寝言で「オンマ(母ちゃん)」と言うと、グレースが「(私が)オンマよ」と優しく撫でる。すると、ここでもウォーバックスが、アニーに「チュッ チュッ」と音をたててキスをする! それをグレースが「ンマア」という表情で驚き見つめる……。
【グレイス】ワン・ウンスク/イ・ヨンギョン(Wキャスト) (c)世宗文化会館
25日昼のウォーバックスはチュ・ソンジュン。寝てしまったアニーを抱きかかえ、「オンマ」と寝言を言うアニーを、グレース(ワン・ウンスク)と愛おしそうに見つめるのみ。パンフレットによると、彼は『アニー』のウォーバックス役を、2005年、2006年、2010年、2011年にもつとめており、「ウォーバックスといえばチュ・ソンジュン」という役者さんなのだそうだ。
億万長者とともに楽しくクリスマス休暇を過ごすアニー。そんなアニーを妬むのが孤児院院長ハニガン(24日夜パク・ソンオク/25日夜ピョン・ジョンス)、ハニガンの弟ルースター(24日夜ホ・ドヨン/25日昼イ・ギョンジュン)、そしてルースターの恋人リリー(ユ・ミ)だ。この“三悪”が揃って歌う曲といえば「Easy Street」である。さすがは韓国人俳優、声量のあるパワフルな歌唱で劇場の空気をダークに高揚させることに成功していた。
「Easy Street」リリー(ユ・ミ)、ハニガン(パク・ソンオク)、ルースター(ホ・ドヨン) (c)世宗文化会館
【ハニガン】パク・ソンオク/ピョン・ジョンス(Wキャスト) (c)世宗文化会館
【ルースター】イ・ギョンジュン/ホ・ドヨン(Wキャスト) (c)世宗文化会館
【リリー】ユ・ミ 【サンディ】タルボンイ (c)世宗文化会館

■「モッコリ」とは?
さて、12月24日夜に初めて韓国版『アニー』を観た際、主にウォーバックスが「モッコリ」という言葉を連発するのが気になった。『シティーハンター』の冴羽獠でもあるまいし。さっそく調べてみると、「モッコリ」とは、モク(목/首)+コリ(걸이/かける)=モッコリ(목걸이)で、「首からかけるもの」の意。つまり、アニーが首から下げているロケット(ペンダント)のことだった。
アニーの古い「モッコリ」が気になって、グレースに頼み、新しい「モッコリ」を買ってきてもらったウォーバックス。自らアニーに手渡そうと、階段をいそいそと駆けのぼろうとするが、「威厳がない」とグレースにたしなめられ、グレース→執事ドレーク経由で、アニーを呼んでもらう。ウォーバックスからの「モッコリ」は、日本版のようにティファニーの箱に入ってはいなかった。ソウルの街中にあふれる貴金属屋っぽい赤い箱だった。「細部に意味を持たせない」という演出の一環かと思う。
だが両親から預かっていた「モッコリ」を新しい「モッコリ」と取り替えられそうになり、泣き出してしまうアニー。何事かと集まって来る従僕やメイドたち。すっかりバツが悪い思いをするウォーバックスだったが、アニーの両親を探し出そうとFBI長官に電話をかける。そして今度は「捜査するために必要」という理由で、ウォーバックスは改めてアニーから「モッコリ」を受け取るのである。ともあれ「モッコリ」という韓国語の単語は、筆者の耳奥にしっかりと焼き付けられた。
やがて皆が去り、ウォーバックスがひとり舞台上で切なく歌う。一方、自室に戻ったアニーは希望に胸を膨らませながら「Maybe」の一節を歌い、第一幕終了となる。
<第二幕:1933年12月21日~25日、ニューヨーク>
■大胆に整理されたラジオショー
第二幕冒頭は、おなじみのラジオショー「スマイル・アワー」の時間だ。しかし日本版でおなじみの、「Applause」というボードを持った効果音係も、紙袋を被った覆面アナウンサーも、人形を持った腹話術師も、うさんくさいプロデューサーもいない。その代わり、色違いの服で漫才師のような風情の二人組の司会が登場する。その名はバート&ワッキー。そう、韓国版『アニー』では、バート・ヒーリーとワッキーの2人が司会なのだ。え? そもそもワッキーといえば、腹話術師のフレッド・マクラケンが持っている人形の名ではなかったか。登場人物の整理のしかたが大胆きわまりない。
そして余計な小芝居は一切なく進行。アニー、ウォーバックス、グレースも「アニーの両親探し」の告知が済んだらさっさと帰ってしまう。そこへ現れる美女3人。第一幕「N.Y.C.」の場面にて、未来のスターが女性3人組だと述べた。もちろん、その彼女たちが時を経て、ここで「ボイラン・シスターズ」となって歌っていたのだ。
■8人の孤児たち
一方、ラジオで「スマイル・アワー」を試聴する孤児たち。第一幕から気づいてはいたが、孤児の数が日本版よりもいささか多い。数えてみるとアニーの他に孤児が8人いた。
日本ではジョエル・ビショッフ演出版(2001年~2016年)、山田和也演出版(2017年~)とも孤児6人体制がデフォルトだ。6人の内訳は、モリー(最年少)、ケイト(ネズミの死骸を手づかみするいたずらっ子)、テシー(「Oh my goodness」が口癖)、ペパー(やんちゃ)、ジュライ(本好き)、ダフィ(一番の大きい子)、である。ただし篠崎光正演出版(1986年~2000年)では、上記に加えてフーバービルの孤児5人(シャーリー、ジャネット、ポリー、アイリーン、シンシア)もいた。篠崎演出時代は「It's the Hard knock life」などを、アニーを含めて12人でパフォーマンスしており、千穐楽のカーテンコールではWキャストの両組を合わせて「24人のHard knock life」というのが名物でもあった。
モリ―を除き、韓国版の孤児はけっして名前で呼ばれることはない。しかし「オットケ、オットケ(どうしよう、どうしよう)」と言っているのはテシーだろうとか、べそをかくモリーに最初につっかかるのがペパーであろう、等々、日本で『アニー』を観ていれば或る程度は役名も推測できそうだ。しかし孤児の数が日本より多いのだから、完全一致にはならない。そこでパンフレットをめくり、役名を確認した。すると、上述の孤児6人のほか、「ティナ」「サラ」という名前の孤児がいた。「ティナ」は、アメリカ・NBCで放送されたドラマ『30 ROCK』で、ティナ・フェイがパソコンを叩きながら「Maybe」を歌っていたから?「サラ」は、アニーを演じたことがある、サラ・ジェシカ・パーカーからとったのだろうか?
「いつも笑ってみて!(You're Never Fully Dressed Without A Smile)」中央がモリー(チョン・ヒョウォン) (c)世宗文化会館
ウォーバックス邸の執事ドレークが、アニーのことを「アガシ(お嬢さん)」と呼んでいた、と書いたが、韓国版の「You're Never Fully Dressed Without A Smile」の出だしも「ヘイ アガシ」だった。そして、この曲の歌い出しは、ダフィが担当するバージョン(現在の山田和也演出もダフィバージョン。詳細は当連載【第10回】参照)と、テシーが担当するバージョン(前述『Annie JR.』がこれ)がある。韓国版で歌い出しを担当したのは、普段は気弱に「オットケ、オットケ(どうしよう、どうしよう)」と言っているけれども、本当はラジオに憧れているテシーのほうだった。かつて日本のジョエル・ビショッフ演出版でも長年採用されていたバージョンだ。
この曲のオリジナルの英語歌詞は、出だしが「Hey Hobo man,hey Dapper dan」であり、実は男性向けの内容だったと、当連載【第10回】でも述べたことがある。しかし今回の韓国版では「ヘイ アガシ(ヘイ お嬢さん)、ヘイ モッジェンイ(ヘイ おしゃれさん)、スタイルン クデジュジマン(スタイルは素晴らしいですが)、ジン グリミョン ジョデ アンデ スマイル!(しかめっつらは絶対にダメ、笑って!)」と歌われていて、日本版の「可愛いお嬢さん、素敵な服だけど おしゃれは笑顔から」に寄せた歌詞になっていることに気付かされた。
【動画】「You're Never Fully Dressed Without A Smile」@イェグリーンミュージカルアワード

■大統領が立った!!
いよいよ今回の韓国版演出の白眉とも言える場面にたどり着いた。ホワイトハウスのシーンである。
韓国版では大統領閣下(ルーズベルト/当連載ではローズベルト)のもと、4人の男性閣僚がいた。彼らも劇中で名を呼ばれることはなかったが、パンフレットによれば、閣僚の役名は、イケス(イッキーズ)、モーゲンソウ、コーデル・ハル、パーキンズとのこと。本来(フランシス・)パーキンズは、女性閣僚のはずなのだが(当連載【第5回】参照)、細かいことに執着しないのが韓国流。一方、大統領補佐官のルイス・ハウ(男性)はおらず、代わりに大統領の車椅子を押しているのは、女性が演じる「大統領秘書」であった。
この場においてもアニー及び閣僚たちによって「Tomorrow」が歌われるが、山田和也演出の現日本版では、イケス内務長官が音痴という設定だったり、ブロードウェイ版にもある「大統領の、ソロだ!」といった台詞がはさまれたりする。一方、韓国版ではそうした遊びの要素は省いて、さらっと進めていく。だが、その次の場面に衝撃が待ち受けている。
アニーの歌う「Tomorrow」から刺戟を受けた大統領と閣僚たちは、アニーの去りし後に政策を議論し、ついには高速道路や郵便局などの公共事業によって失業者たちの雇用を作り出すアイデアを生み出す。その政策のネーミングを大統領が思いつき、叫ぶ。「ニュー・ディ―ル!」 このとき、なんと、クララが……もとい、大統領が、立った!! 勢いづいて車椅子から立ち上がったのである。韓国版『アニー』の大胆な演出の真骨頂を観た瞬間であった。その強引さに筆者も思わず「これは史実です!」と錯覚するほどだった。
■終盤はスピーディー
ホワイトハウスから帰宅したウォーバックスとアニー。しかしアニーが期待した結果は得られず、本当の両親は現れない。以後の展開はスピーディーかつ淡泊に進む。ウォーバックスとアニーの心の機微や、「Something Was Missing」の曲も省かれる。
「本当の両親が見つからないのなら、ウォーバックスの養子になる」という話がすぐに成立、パーティーの準備となり(キャビアとシャンパンの準備を言いつけられるのはドレーク)、「Annie」「I Don't Need Anything But You」の曲への流れとなる(「ブランダイス判事を呼んでくれ」というセリフはあったものの、登場はしない)。若手ウォーバックスのパク・クァンヒョンは、グレースがドレスアップした姿を見るなり「フゥ~!」と、イイ女を見たときのリアクションをしていた。そしてアニーのパーティー用「おめかし」は、髪の毛にリボンをつける程度。すでに可愛らしい赤のワンピースを着ていたので、着飾る余地はあまりなかったのだ。
「I Don't Need Anything But You」アニー(ユ・シヒョン)とウォーバックス(チュ・ソンジュン) (c)世宗文化会館
ここでルースターとリリーが扮するニセ両親が現れいったん返される……という展開は日本版と同様だが、彼らが正式に迎えに来る翌日まで、物語は猛スピードで進む。FBIの捜査により、アニーの本当の両親は死んでいる、とわかり、ウォーバックスが「愛してるよ、アニー」と告げるところまで体感1分程度。ニセ両親のルースターとリリー、そしてハニガンも詐欺の共犯だとすぐにバレて、連邦局に即逮捕される。このくだりでもオリジナルにおける色々な要素は潔く削ぎ落し、物語の核だけをスピーディーに見せてゆく。
スピード感ある演出といえば、アニーに励まされたおかげ(?)によりホワイトハウスの場面で車椅子から立ち上がった大統領がウォーバックス邸のパーティーに来る際も、杖をコツコツ鳴らしながら元気よく徒歩で足早にやって来たのが面白かった(後ろから秘書が車椅子を持って追いかけてくる)。
そんな急展開の中、ふっと心温まったのが、孤児たちがウォーバックス邸に来た際、モリーを見つけたアニーが、「モリーッ」と、ぎゅっと抱きしめたシーンだ。アニーの脚本トーマス・ミーハンが自らノベライズした小説版『アニー』では、アニーが1年間孤児院を脱走し、その後すぐにウォーバックス邸に行ってしまうため、モリーがアニーロスとなり心を病む描写があるのだ。そのことを思い出し、筆者の心もぎゅっと掴まれてしまった。
孤児たちは大統領の計らいにより、孤児院から出られることになった。孤児院暮らしの代名詞といえば、トウモロコシの粉をお湯で溶いた不味いどろどろの食べ物(英語:mush)だった。韓国語では、オッススェ ジュ(トウモロコシのお粥)。アニーたちが孤児院からの解放を叫ぶ「ノーモア どろどろ!(英語:No more mush!)」は、「アンニョン、オッススェ ジュ!(さよなら トウモロコシのお粥!)」でめでたしめでたしとなる。初見客、とくに親子客などにわかりやすい、シンプルな構成で見せるべく、オリジナルにおけるウォーバックスとグレースが相思相愛で結ばれるというもうひとつのハッピーエンドも特に描かれることはなかった。
カーテンコールでは宝塚歌劇団の銀橋のように張り出したステージを、出演者たちがぐるぐると回ってくれた。やがて左右に『Annie』ロゴを配したオーケストラピットがせり上がるというスペクタクルな仕掛け。楽団員たちは皆サンタ帽を被って演奏している。本編エンディングからトナカイのヘアバンド等を被っていた孤児たちの踊りと共に、クリスマス気分がいやおうなく盛り上がり、会場全体が熱狂する中で韓国版『アニー』は終演を迎えるのだった。
ところで筆者は、ロビーの撮影スポットや、劇場外の『Annie』ロゴラッピングされた大階段で記念撮影をしたのだが、韓国ではあの「アニーポーズ」をやっている人が1人もいないのである。「アニーポーズ」は日本独自の文化なのだな、と、改めて知った。
グッズも豊富に揃っている。全部購入して55,000ウォン(日本円で5,500円程度・まとめ買いサービス有)だった。舞台も、周辺のあれこれも、とにかく観客を楽しませようとしてくれる心遣いに満ち溢れている。ソウルは日本からも観に行きやすいので、今後も頻繁に再演して欲しいものだ。
エコバッグ15,000ウォン、缶バッチのセット5,000ウォン、えんぴつセット5,000ウォン、ピンズ(アニーの顔、ロゴ)各6,000ウォン、マグカップ10,000ウォン(3つで25,000ウォン)
グッズ売り場に飾られている、アニーたちの写真も可愛かった。
コレが日本の「アニーポーズ」だ!
取材・文:ヨコウチ会長
舞台&キャスト写真提供:世宗文化会館
協力:高原陽子(在ソウル)
参考文献:
・トーマス・ミーハン著 三辺律子訳『アニー』(2014年、あすなろ書房)
・Thomas Meehan『Annie -A novel based on the beloved musical!-』(2013年、Puffin Books)

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着