奥深い歌声で世界を魅了した
ナタリー・マーチャントの
ソロデビュー作『タイガーリリー』

本作『タイガーリリー』と
映画『ワンダー 君は太陽』について

95年にリリースされた本作は、現在までに500万枚以上を売上げただけでなく、内容も文句なしの出来栄え(全米チャート13位)で、彼女の最高傑作である。シングルカットされた「カーニヴァル」は全米チャートで10位、「ワンダー」は20位、「ジェラシー」は23位となっているが、収録された11曲は彼女の純粋な魂が宿った名曲群である。どの曲も派手な演出や見せ場は無理に作らず、彼女は淡々と物語を語っていくといった感じ。だからこそ何度聴いても飽きず、気づけばまた聴いてしまっている。彼女のヴォーカルは感情を抑え静謐感さえ漂うようなテイストにもかかわらず、とても熱い毅然とした芯が感じられる、マーチャントはそんな不思議な魅力を持ったシンガーである。

ヒットした「ワンダー」はスザンヌの「ルカ」的存在にあたるナンバーで、これは身体的なハンディキャップを持つ人に対しての彼女の思いが歌われている。昨年、日本で公開されたジュリア・ロバーツ主演の映画『ワンダー 君は太陽』はR・J・パラシオが2012年に出した児童書『ワンダー』が原作であるが、パラシオはラジオでかかっていたマーチャントの「ワンダー」を聴いて、この本を執筆することに決めたとインタビューで語っていた。この映画の内容は顔に障害を持つ子供とその家族の日常生活を描いたものである。もちろんマーチャントの「ワンダー」にはそこまでのストーリーはないが、顔に障害がある人についての歌であることは分かる。マーチャントは16歳の時にボランティアで行った障害者施設で出会った人たちについての歌だと語っていた。10,000マニアックスに参加する前、彼女は障害支援団体に勤めるつもりだったらしく、「ワンダー」は彼女の歌いたかった重要なテーマのひとつなのだろう。

『タイガーリリー』のあと

2015年、『タイガーリリー』のアルバムを全編セルフカバーした『ニュー・タイガーリリー・レコーディング』がリリースされた。ファーストがリリースされてから丁度20年後、32歳の彼女が52歳になって原点に戻ろうとしたのかもしれない。この作品については、リサイクル作品だとか、過去の栄光にしがみついているとか、賛否両論さまざまあるのだが、彼女の声は20年前よりも安らかで、彼女が良い歳の取り方をしていると思った。地震で何もかも失った人、連れ合いを亡くした人、障害を持つ人など、歌われている内容はシビアだけど愛すべき作品だと僕は思う。「ワンダー」については今回のアコースティックな新アレンジのほうが良いのではないかとさえ感じる。

もしナタリー・マーチャントを聴いたことがないなら、今回紹介した『タイガーリリー』か、2ndアルバムの『オフェーリア』(‘98)、もしくは『ライブ・イン・コンサート』(’99)あたりから聴いてみてください。

TEXT:河崎直人

アルバム『TIGERLILY』1995年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. サン・アンドレアス・フォルト/San Andreas Fault
    • 2. ワンダー/Wonder
    • 3. ビーラブド・ワイフ/Beloved Wife
    • 4. リヴァー/River
    • 5. カーニヴァル/Carnival
    • 6. アイ・メイ・ノウ・ザ・ワード/I May Know the Word
    • 7. レター/The Letter
    • 8. カウボーイ・ロマンス/Cowboy Romance
    • 9. ジェラシー/Jealousy
    • 10. ホエア・アイ・ゴー/Where I Go
    • 11. セブン・イヤーズ/Seven Years
『TIGERLILY』(’95)/Natalie Merchant

OKMusic編集部

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