若き井上ひさしが劇団四季に書いた子
供向け音楽劇『どうぶつ会議』をこま
つ座が初上演~演出の田中麻衣子に聞

こまつ座の『どうぶつ会議』を演出する田中麻衣子を取材しようと思った。もう僕自身は10年近い付き合いになるのだが、ちょうど1年前の『Shakespeare’ s R&J』でいわゆる商業演劇での演出デビューを果たし、本作が東京で表舞台に出る機会としては2作目となる。
田中はThéâtre Muiboという劇団を主宰している。MUIBO(ムイボ)とは、彼女がインドで救急搬送された際(なにか悪いものでも食べたのか?)、救急隊、現地の新聞報道ともに「MAIKOがMUIBO」と表現されたことに由来している、とサイトに書かれていた(笑)。MUIBOは大まかには、田中が言い出した「こんなことしたい」を、ワークショップを重ね作品化していくチーム。しかし『どうぶつ会議』にも参加している国広和毅、李千鶴、谷村実紀、高田賢一という劇団メンバーそれぞれが活躍の場を持っていたり、作品を一つ立ち上げるのに長い期間と労力を使い疲弊するため、そうそう定期的に公演を打つわけにもいかない状態なのだとか。
一方、田中は田中で20代は串田和美、30代は栗山民也、片や混沌の中から片や精密な設計図から作品を立ち上げていく、いわば正反対の演出家の右腕(演出助手)として信頼を得ている存在でもあった。まつもと市民芸術館ではドストエフスキーの『罪と罰』を、新国立劇場演劇研修所でもいろいろと演出している。そんな彼女が、こまつ座「井上ひさしメモリアル10」のトップバッターに選ばれた。うれしいじゃないか。
痛々しいほどの井上さんの怒りが埋め込まれている『どうぶつ会議』
さて、「井上ひさしメモリアル10」だ。もう没後10年経ったのかと思うと驚く。そして、こまつ座は2019年を記念年として、『どうぶつ会議』(演出:田中麻衣子) 、『イーハトーボの劇列車』 (演出:長塚圭史)、『木の上の軍隊』(演出:栗山民也)、『化粧二題』(演出:鵜山仁)、『日の浦姫物語』(演出:鵜山仁)、『組曲虐殺』(演出:栗山民也)というラインナップを組んでいる。
その幕開けとなる『どうぶつ会議』は、「飛ぶ教室」「ふたりのロッテ」などを手がけたドイツの作家エーリッヒ・ケストナー(今年生誕120年を迎えるのだそう)が書いた同名児童小説を、若き井上ひさしが舞台化したもの。1972年ニッセイ名作劇場で劇団四季が初演し、その後も幾度となく上演されている。そのときは、故・いずみたくが音楽を担当。こまつ座ではこれが初登場となる。
岩波書店発行の大型絵本
世界中の動物たちが人間の子どもたちのために立ち上がった。人間の大人たちは世界中にいろんな問題があるのに戦争ばかり、これじゃあ子どもたちがかわいそうだと、あらゆる動物や昆虫たちがアフリカへ集結する。この地球をすべての動物、すべての植物たちにとって少しでも住みよいものとするための方法を話し合うために。しかし、さまざまな作戦を試みるものの、頭の固い大人たちにその声は届かない。困った動物たちは、人間の子どもたちに話を聞いてもらおうと考える。そんな中、日本のとあるサーカスでは、頭をひねらせた動物たちが、劇場にやってきた子どもたちを閉じ込めて、ある話を始める。1カ月前のある暑い日の夜に始まった物語を……。
『どうぶつ会議』稽古場の様子
田中麻衣子は「井上さんがこまつ座さんで書かれているものとは明らかに違うんですよね。素敵だな優しいな楽しいなと感じるとともに、大変な作品だと思いました。私もケストナーの『動物会議』は読んでいたんですが、井上さんが作品化するにあたって舞台設定を日本のサーカスにしたりと、印象が変わっています。なぜ井上さんが動物にしゃべらせるこの原作を選んだのか、なぜ日本のサーカスを舞台にしたのか知りたいと思いました。『ひょっこりひょうたん島』もずいぶん参考にしました。そして読み進んでいくと痛々しいほどの井上さんの怒りが埋め込まれているのがわかりました。本当に怒っている。ケストナーだって怒っているんですけど、それを井上さんが伝える形でさらに怒りを具現化している。そうまでしても人間には伝わらないと思われたのか、もう大人のことはあきらめて子どもにしか期待できないとお思いになられたのか……。そのときに子どもに伝わるやり方として、動物に言葉をしゃべらせようと思われたのか……。そういうことをいろいろ考えました」と語る。
田中は「井上さんが怒っている」「井上さんが怒っている」を何度も繰り返す。一生懸命に繰り返される「怒っている」こそ、この作品の本質なのだ。前述の通り、もともとは「ニッセイ名作劇場」で上演されている。つまり客席を埋めているのは子ども、という大前提で描かれているのだ。物語のエンディングには「だからこそ」の仕掛けもある。
国広和毅が新たに劇中曲を書き下ろした音楽劇

『どうぶつ会議』稽古場の様子

「ほかの井上さんの作品は言葉を尽くしてきっちりと書かれているけれども、この作品は詩に近いというか、隙間がたくさんあるように思います。お客さんに委ねているところが多い。私は演出のお話をいただいたとき、音楽劇を期待されているような気がしました。短い歌の中に非常にたくさんのことが、憎しみも愛情も憧れも全部入っていたりするので、そのへんをどうやって客席にきっちり届けるかを考えました。音楽の国広さんとは、音楽の打ち合わせをするというよりは、作品について話し合うことの方が多いです。今回は「こんな音楽」と分類できないものを書き下ろしてもらっています。怖さも優しさもある、総体的に楽しい音楽です。音を感じたら動物たちが踊り出しちゃう、しっぽを振り出しちゃうみたいな。音楽に合わせて人間とは違う感覚、第六感が働き出しちゃたんでしょうね」
ちなみに、サーカスのライオン役を栗原類、ゾウのオスカール役を上山竜治、ライオンのアロイス役を大空ゆうひが演じるなど配役もユニーク。そしてチラシのデザインはなんと、森本千絵という、こまつ座としては意外なチャレンジも実現した。
田中は「スタッフ、キャストが出そろったところで演出の仕事の半分以上は終わり」と笑うが、ある意味では、さまざまな現場で出会った信頼できるメンバーを集結させたのが『どうぶつ会議』だ。
「キャスティングも、性別や年齢や出身もできるだけごちゃごちゃに見えたいというのがありました。井上さんがご存命だったら、この作品を上演したかは……どうなのでしょう、わからないような気もします。そういう意味でも、子どもたちがいっぱいの客席を前提に書かれたという意味でも、井上ひさしメモリアル10の1本目、ほかの井上作品と違うアプローチになっていますので、とにかく楽しみにしてください」(田中)
『どうぶつ会議』稽古場の様子
取材・文:いまいこういち
《田中麻衣子》演出家。Théâtre Muibo主宰。日本大学芸術学部演劇学科卒業。串田和美氏や栗山民也氏の演出助手を多数つとめる。主な演出作品に『トミイのスカートよりミシンがとびだした話』『Shakespear’ s R&J』『リリオム』『血の婚礼』『胎内』『Le Nez』『罪と罰』、など。2014年文化庁派遣新進芸術家制度でロンドンにて研修。新国立劇場演劇研修所コーチ。

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