フェルメールに魅了された、天才贋作
者の運命 芸術の真贋を巡る『フェル
メールになれなかった男: 20世紀最大
の贋作事件』書評

2018年から2019年にかけて注目すべき展覧会を挙げるとすれば、まず『フェルメール展』が思い浮かぶだろう。東京では、2018年10月5日(金)~2019年2月3日(日)まで上野の森美術館で開催されている本展は、オランダの生んだ天才画家、ヨハネス・フェルメールの作品を紹介するものだ。
世界が陶酔するフェルメール 静謐な作品世界と謎に満ちた生涯
フェルメールは、寡作で知られている。各研究者の解釈によるが、現在真作として認められているのは35点前後であるとされている。本展はそのうち、日本初公開作品3点(会期中に作品の入れ替えあり)を含む9点が集結する貴重な機会だ。これだけ多くのフェルメール作品が一堂に会するのは日本の展示では初めてのことであり、今回を逃せばまとめて観られる機会はなかなかないだろう。世界中で愛されているフェルメール作品。他国の美術館等から借り受けるのも、容易ではないはずだ。
ではなぜ、それほどまでに人気があるのか。フェルメールの絵は直感的に伝わる部分も多いので、愛好される理由を知るには実際に観るのが一番早いだろう。本展で来日する《牛乳を注ぐ女》や《手紙を書く婦人と召使い》のほか、今回は含まれないものの、広く知られている《真珠の耳飾りの少女》などの名品は、優雅で気品あるモチーフ、洗練された空間構成、密やかな物語性などの魅力的な要素に溢れ、そして何より美しい。壁やタイル、パンやミルク、レースやリネンなど、あらゆる素材の質感を正確に表現する比類ない技術と巧みな光の表現は、観る者を絵の世界に引き込み、陶酔させるだろう。
《牛乳を注ぐ女》ヨハネス・フェルメール作  1657年 - 1658年頃 アムステルダム国立美術館 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

『手紙を書く婦人と召使い』ヨハネス・フェルメール 作 1670年頃 アイルランド国立絵画館 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

現代においてフェルメールは広く知られ、多くのアーティストからリスペクトされている一方で、その生涯は謎に満ちている。フェルメールは1632年にオランダで生まれ、実家はパブと宿屋を営業していた。彼は裕福な母を持つ女性と結婚し、家業を継ぎながら画商と画家を兼業。15人もの子をなして4人は夭折したが、それでも13人の大家族を養っていた。あの静謐な絵の世界は、仕事の忙しさと大家族の賑やかさの中で創られたのだ。高価な顔料を使える裕福な時期もあったが、晩年は不運が重なり、貧困にあえぎながら42もしくは43歳で亡くなった。最終的には借金まみれで、未亡人となったフェルメールの妻は、現在数10億円で取り引きされている《手紙を書く婦人と召使い》と、《ギターを弾く女》を借金のかたとして馴染みのパン屋に譲り渡している。
フェルメールは一時期忘れられた存在だったが、19世紀に批評家の注目を集め、その後印象派の画家もこぞって彼をもてはやした。作品は高値で取引されるようになり、別人の絵がフェルメール作と銘打たれたり、贋作が出回ったりする事態に陥った。フェルメールの贋作としては、一大スキャンダルとなったハン・ファン・メーヘレンによる事件が有名だが、ハンの手による一連の出来事を扱ったのが、『フェルメールになれなかった男:20世紀最大の贋作事件』である。
フランク・ウイン 『フェルメールになれなかった男 20世紀最大の贋作事件』 amazonより
ナチスを騙した男、ハン・ファン・メーヘレン 天才画家に憧れた天才贋作者
ハン・ファン・メーヘレンはフェルメールと同じオランダ出身で、芸術の価値を認めない父の下でこっそりと絵を続けた。良い教師にめぐり合って絵画の技術を習得し、コンクールで入賞した後に最初の個展を成功させる。しかしハンの絵は時代の潮流から外れており、自身の素行の悪さも災いして、画家としての地位や生活が危うくなっていく。
そんな中でハンは贋作に着手するが、盗用元としてフェルメールを選んだのは、ハンがあらゆる画家の中でフェルメールが最も優れていると考えていたのと、一時期批評家に打ち捨てられていた天才画家として親近感を抱いたためである。その上でハンは、フェルメール作品の絵に出てくる題材をパッチワークするのではなく、自分のアイディアに基づいて17世紀の顔料で描き、批評家にフェルメールを再解釈させるような作品を創り出そうとした。ハンの試みは一定の成功を収め、彼は大金を手にすることになる。
ある日、豪奢な暮らしを送るハンの下にオランダ陸軍の士官が訪れ、後日ハンを逮捕する。贋作者であることがばれたのではなく、ナチスにフェルメールを売った容疑をかけられたのだ。黙っていれば国宝を敵に渡した売国奴となるが、生み出した絵は無事だ。自白すればナチスを手玉に取った黒い英雄になるが、自分の作品は捨て去られるかもしれない。葛藤の中でハンは決断を迫られる。

芸術の真贋を見抜く難しさと、作品そのものの魅力
絵の技量、17世紀の顔料を再現する熱意や技術力、売却の際の周到な準備、フェルメールの主題への理解、美術業界の性質を知り抜いていること。これらすべてを満たし、美術関係者や観衆を出し抜いてみせたハンは、贋作者としては一流だったのだろう。本書を通して痛感するのは、芸術作品の真贋を見抜くことの難しさである。オークション・ハウス最大手のサザビーズも、「…作とされている」という前提で扱っており、作者についての保証はしない。現在、紫外線や赤外線による分析、炭素年代による測定法など客観的な調査の手段は増えているが、それでも最終的な判断は、専門家の本能的な能力に負うところが大きいままだ。
ハン・ファン・メーヘレンの事件は世間を賑わし、書籍や映画にもなった。それはナチスに売り渡された作品が偽物だったという劇的な展開や、動いた金額の大きさ、洒脱で知略に富むハンのキャラクターの魅力もあるが、何より盗用されたのがフェルメールだったからではないだろうか。作品点数が少なく作者自身もミステリアスで、崇高さすら漂う絵は世俗や悪とは無縁のように思えるだけに、一連の作品に贋作が紛れ込んでいたとなれば衝撃が大きい。
《エマオの食事》ハン・ファン・メーヘレン作  1936年 ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館 出典=ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)
心酔し、賛美していたものが贋作だったとすれば、我々は何を信じればいいのか。そんな疑問を抱かせる本書だが、冒頭の図版にあるハン・ファン・メーヘレンの手による《エマオの食事》は、たとえフェルメールの贋作として描かれたものであっても美しいと感じさせる絵だ。「本物」に対する考え方が何であれ、我々が『フェルメール展』に赴いて心が動いたなら、その感動は本物であるといえよう。

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