山種美術館『皇室ゆかりの美術ー宮殿
を彩った日本画家ー』レポート 日本
を慶び、自然美を味わう展覧会

『[特別展]皇室ゆかりの美術ー宮殿を彩った日本画家ー』が、広尾の山種美術館で2018年11月17日(土)~2019年1月20日(日)まで開催中だ。本展には、天皇の手になる書から、皇室の収集品、宮殿のために注文された美術品まで、格調高い皇室ゆかりの美術が展示されている。
皇室をイメージするとき、我々日本人にとってすぐに浮かぶ光景は、正月2日に行われる新年一般参賀ではないだろうか。天皇皇后両陛下をはじめとして、皇室の方々がお目見えするガラス張りの廊下はおなじみだ。そして、あの廊下にも、日本画の巨匠が手がけた杉戸が飾られているという。だが、皇居宮殿内の美術に接することのできる人間は限られており、多くの庶民にとっては目にすることはない敷居の高い世界だ。
今からちょうど半世紀前、山種美術館創立者の山崎種二は、皇居宮殿が完成した1968年、それらの美術作品に触れ感銘を受けたという。多くの人にこの感動を伝えたいという熱い思いから、”皇居宮殿内の作品と同趣向の作品”を宮殿装飾に関わった作家達に依頼し、山種美術館のコレクションに加えたのである。
山口蓬春、上村松篁、橋本明治、東山魁夷、安田靫彦、杉山寧ら、そうそうたる面々が制作にあたり貴重な作品を残している。この展覧会の最大のみどころは、山種美術館ならではの皇室ゆかりの作品群をまとめて鑑賞できることだ。
皇室と美術ー近世から現代まで

手前 野口 小蘋《箱根真景図》   奥 下村 観山《老松白藤》 ともに山種美術館。《箱根真景図》は明治時代に制作された屏風。金具の美しさにも注目。奥の《老松白藤》のみ今回は撮影可能。

第1章では、文字を絵で表している後陽成天皇の《和歌巻》、絵巻物や下賜品のボンボニエール(皇室のご慶事で贈られた菓子器)、屏風など皇室独特の美意識を感じられる作品が並んでいる。文字を絵で表している後陽成天皇の《和歌巻》は、とてもユニークだ。この表現は、慶事の際に使われてきたという背景がある。和歌の中で花が咲き、鳥が飛ぶ。落ち着いた遊び心を感じる作品だ。
さまざまな意匠を凝らしたボンボニエール 右奥 柏葉筥形ボンボニエール 左奥 兎置物形ボンボニエール 左手前 丸形鴛鴦文ボンボニエール 右手前 丸形草花文ボンボニエール
ボンボニエールは、外国賓客の接遇や御慶事の折に列席者に配られてきた伝統的な工芸品。手のひらに乗る大きさの容器で、それぞれ精巧な意匠が凝らされている。細やかな部分にまで美意識が行き届いており、華やかさがありながら過剰な派手さはない。こうした皇室ゆかりの美術品は御慶事にかかわりが深い。なかでも、もっとも多く芸術家たちが関わった事業といえば宮殿の造営だ。
宮殿と日本画ー皇居造営下絵と宮殿ゆかりの絵画
1909年に東宮御所として建設されたネオバロック様式の迎賓館赤坂離宮は、各国のVIP来日時などのニュースでよく目にする豪華な西洋建築だ。2009年に国宝に指定され 、外国からの賓客を迎えるとともに、現在では一般公開もされており、毎日多くの見学客でにぎわっている。
事前申し込み不要で見学できる花鳥の間には、七宝額が30面掛けられている。原画を描いたのは近年、再評価の機運が高まっている渡辺省亭。七宝製作は濤川惣助だ。省亭は、日本画の画家として初めてフランスに訪れパリ万博に作品を出品。およそ3年ほど現地に滞在し、ドガやモネなど印象派の作家と交流を持ち画力を磨いた。
この章では、渡辺省亭の『赤坂離宮下絵 花鳥図画帖』(東京国立博物館蔵)のうち4点が展示(会期中展示替えあり。前期2点、後期2点)されており、下絵を一瞥しただけでカリスマ的な魅力が迫ってくる。絵の具のにじみと繊細な線が生み出す花々の息吹、ふんわりとした鳥のあたたかみ、伝統的な日本画に西洋的な表現が融合した不思議な立体感。エキゾチックな明治時代の趣きにうっとりとする。
明治の迎賓館、赤坂離宮とうってかわって、昭和の皇居宮殿の作品はぐっとスケール感が大きくなる。建物が近代化し、空間設計が広くなったのがその理由だ。現在の皇居宮殿の完成は1968年。高度経済成長の時代を反映してか、作品には勢いがあり力強さがみなぎっている。
左 東山魁夷《満ち来る潮》山種美術館 鑑賞する角度によって箔のきらめきが海の表情を変える。
展示室の奥に歩をすすめると、今回の見どころである山種美術館ならではの”皇居宮殿にちなんだ作品”が私たちを待ち受けている。もっとも目立つのは、東山魁夷の縦207.5cm✕横909cmの巨大な作品、《満ち来る潮》だ。碧い海に陽の光が差し、きらきらと波間に輝いている。岩にぶつかる波しぶきは銀色に砕けては散り、砕けては散る。波の音、潮風、海の香り……。目の前にない感覚まで想起させる勇壮な作品だ。朝日は金箔、波しぶきはプラチナ箔で表現されており、ゆっくりと歩をすすめて鑑賞すると光の加減で表情が変わり、海が動いているように感じる。この山種美術館所蔵の《満ち来る潮》は、しぶきをあげる波の動的な海。一方、皇居宮殿内の《朝焼けの潮》は、ゆったりとした静的な海が描かれている。
左 山口蓬春《新宮殿杉戸楓4分の1下絵》山種美術館 (c)公益財団法人 JR東海生涯学習財団 右 橋本明治《朝陽桜》山種美術館
さて、《満ち来る潮》の反対側に目をやると、鮮やかな春と秋の景色が目に飛び込んでくる。真っ赤に紅葉した楓が目にしみる。山口蓬春《新宮殿杉戸楓4分の1下絵》(山種美術館蔵)である。その横には匂いたつような桜花があふれる。橋本明治《朝陽桜》(山種美術館蔵)だ。春の桜、秋のもみじ、日本の自然美を象徴する二対の皇居宮殿作品は、私たちになじみ深い、あのバルコニーの奥に設置されている。
山口蓬春《新宮殿杉戸楓4分の1下絵》(部分)山種美術館 (c)公益財団法人 JR東海生涯学習財団
これらの作品制作に当たっては、作家が緻密な現地取材をし、総力を注いで完成させている。《満ち来る潮》は「日本の海」を求めて山口県長門市青海島ほか、日本各地の海をスケッチして回り、《新宮殿杉戸楓4分の1下絵》は福島県磐梯朝日国立公園で見つけた大きな葉が特徴の楓、《朝陽桜》は福島県三春町の滝桜である。どの作品も日本人の記憶の中にある自然美にリンクする。大胆に省略、デフォルメした絵画でありながら、感性ゆたかな観察眼が下地になっているため、自然の息吹がおのずと伝わってくるのだ。
筆者は、《満ち来る潮》の前に立ったとき、思わず絵に向かって深呼吸してしまった。「海はいいなあ……」と、実際に海に訪れた時と同じ喜びが体中に湧いてきた。
橋本明治《朝陽桜》(部分)山種美術館
第2章では、多くの力作がならぶ。横山大観、川合玉堂、上村松篁、安田靫彦。どの作品も皇居に飾られることを意識した誠実な美が際立っている。
帝室技芸員ー日本美術の奨励
「帝室技芸員―日本美術の奨励」のセクション
帝室技芸員制度とは、明治維新によって幕府の庇護を失った芸術家たちを救済し、皇室の保護のもと、優れた日本美術を奨励する目的で設置された。1890年(明治23年)から1944年(昭和19年)まで続いた制度である。最後の章では、こうした帝室技芸員たちの作品を味わうことができる。
江戸末期生まれの作家によるほのぼのとした柴田是真の漆絵、明治時代の技巧を凝らした工芸品、昭和初期の洗練された作品まで、日本美術が時代に沿って変化してゆく姿は興味深いものがある。特に、工芸品の細やかさには言葉を失う。並河靖之の《花鳥図花瓶》は、わずか10cmほどの飾り花瓶の表面に、小鳥が飛び、小菊の花びらや葉のグラデーションが再現されている。いったいどうやって製作したのだろう……と、いぶかしく思うほどだ。
もちろん作家の力量は大きな要素だが、作家たちが緻密なもの作りに余念なく集中できる環境は重要である。そういう意味でも、帝室技芸員制度の果たした役割は大きかったと察する。皇室が日本美術を支えてきたことがよくわかる。
時代の節目を日本の美で飾る
横山 大観 《富士山》山種美術館
今年で皇居新宮殿の完成から50年、そして来年は即位礼が行われる。昭和の終わり、悲しみと沈んだ空気を体験した筆者としては、来年がただただ慶びに満ちた即位の年になることに、今上天皇の思いやりと慈愛を感じずにはいられない。本展覧会は、この時代の節目においていま一度日本人にとっての美とはなにか、慶びを感じつつ振り返ってみるのに最適な機会になるだろう。
会場には、この記事では紹介しきれないほど多くの日本を代表する作品が展示されている。誰もが自分好みの作品を見出し、ああ、日本人に生まれてよかった、と感じることだろう。思いやり深く去り行く時代を、山種美術館ならではの日本の美であたたかく飾ってほしい。

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