『ルーヴル美術館展 肖像芸術―人は
人をどう表現してきたか』 古代エジ
プトのマスクからナポレオン像まで、
展示の見どころをレポート

2018年5月30日(水)~9月3日(月)まで国立新美術館、9月より大阪市立美術館にて、『ルーヴル美術館展 肖像芸術―人は人をどう表現してきたか』が開催される。ルーヴル美術館が誇る肖像画の傑作、ヴェロネーゼの《美しきナーニ》をはじめ、3,000年以上前の古代エジプトのマスクからルイ14世やナポレオンなどの君主像まで、“ルーヴルの顔”が一堂に会す。
会場の様子
会場の様子
西洋において主要な芸術ジャンルの一つであり、最も長い歴史をもつ肖像芸術。本展では、3,000年以上も前の彫像やマスクから、19世紀ヨーロッパの絵画・彫刻まで、きわめて広範にわたる時代・地域の作品を展示し、肖像が担ってきた社会的役割やコードを浮き彫りにする。
“展覧会の顔”ともいえるオフィシャルサポーターには俳優の高橋一生が就任し、「眠くなられないよう、わかりやすく、聞き取りやすい声で臨みました」と語った本人初となる音声ガイドも必聴だ。
ルーヴル美術館の全8部門(古代オリエント美術、古代エジプト美術、古代ギリシャ・エトルリア・ローマ美術、イスラム美術、絵画、彫刻、美術工芸品、素描・版画)が総力を上げ、各部門を代表する肖像の傑作およそ110点を一挙に堪能できる本展。その見どころを、5月29日に開催されたプレスプレビューの様子とあわせて紹介していく。
至高の肖像画《美しきナーニ》が27年ぶりに来日
ヴェロネーゼ(本名パオロ・カリアーリ)《女性の肖像》、通称《美しきナーニ》1560年頃 Photo (c) RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Michel Urtado /distributed by AMF-DNPartcom
世界で最も有名な肖像画。こう言われたら多くの人がレオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》を思い浮かべるであろう。その《モナ・リザ》と同じ16世紀に描かれ、「ヴェネツィアのモナ・リザ」ともうたわれる作品、それが《美しきナーニ》である。
ルーヴル美術館が所蔵する数々のルネサンスの肖像画のなかでも、最高傑作の一つとして名高いこの絵は、ヴェネツィア派の巨匠ヴェロネーゼ作。ティツィアーノ、ティントレットと並ぶ16世紀ヴェネツィア・ルネサンスの三大巨匠の一人に数えられる。《カナの婚礼》や《レヴィ家の饗宴》などで知られ、画面の中に明るい光彩を置くことを得意とした。
バラ色の頬、滑らかなデコルテ、ビロードのドレスに薄いヴェール。思わず触れたくなるような繊細な質感描写は、ヴェネツィア派の持ち味が存分に発揮されている。明快なデッサンを重視した素描派と呼ばれるフィレンツェの画家たちに対し、豊かな色彩を得意とし、色彩派と呼ばれたヴェネツィアの画家たち。巧みな筆使いで見事に描出する「質感」の極致が、この《美しきナーニ》に見て取れる。
《美しきナーニ》について解説するコーム・ファーブル(ルーヴル美術館絵画部門学芸員)
この絵が《モナ・リザ》と対比されるのは、その優れた描写に限らない。同じくモデルが不明であり、ヴェネツィアの名門貴族ナーニ家が旧蔵していたことから名づけられただけで、どこかの貴族の女性か、コルティジャーナ(高級娼婦)か、はたまた特定のモデルを持たない理想的女性像かなど、さまざまな説が唱えられている。
わかっているのは左手の薬指にはめられた指輪、優雅な装い、伴侶への忠実さ示す手を胸にあてる仕草から、彼女が相応の家柄の既婚女性ということである。
そしてこの絵の神秘性を高めている特徴がもう一点。それは視線の描き方である。鑑賞者はどこに立っても彼女と目を合わせることができず、どこからみても目が合うといわれる《モナ・リザ》とまさに真逆なのだ。寂しさ、悲しみ、とまどい、憂い。さまざまな感情が混ざり合っているようにもみえるミステリアスな表情を、ぜひ会場で直接味わってほしい。
肖像で読み解くナポレオン時代のイメージ戦略
《戴冠式の正装のナポレオン1世》について解説するコーム・ファーブル(ルーヴル美術館絵画部門学芸員)
肖像芸術が古くから担ってきたのは、「人の存在を記憶する」こと、そして「権力の顕示」だ。最高権力をふるう君主にとって、似姿である肖像は権威を広く知らしめる最も有効な手段であり、各時代・地域・社会の文脈に応じて構築された表現コードがそこには見え隠れする。
同一人物を描いていてもまったく顔立ちや雰囲気が異なるのも、肖像芸術の面白い点である。その好例がナポレオンの肖像群だ。将軍時代を経て、フランス皇帝として最高権力を手にしながらも、追放先の孤島で孤独な最期を迎えることになったナポレオン。彼の肖像画は多くの画家に描かれたが、美化して理想の姿に描かれた作品もあれば、現実の姿に似せて描かれた作品もあり、どれがナポレオンの真の姿なのか、じっくり見極めてみたい。
アントワーヌ=ジャン・グロ《アルコレ橋のボナパルト(1796年11月17日)》1796年 Photo (c) RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Hervé Lewandowski /distributed by AMF-DNPartcom
まずは、アントワーヌ=ジャン・グロ《アルコレ橋のボナパルト(1796年11月17日)》。北イタリアのアルコレでオーストリア軍との戦いを指揮し、勝利を収めたナポレオン。弱冠27歳の若き将軍はアルコレ橋の上で立ち往生する兵士たちを見て、三色旗を掲げて橋に突進し、士気を高めたと伝えられている。疾走しながら振り返る若き英雄の躍動感あふれる姿。まさに時のリーダーとして理想的な眉根を寄せた精悍な相貌は、以降、将軍時代のナポレオンを描く画家たちの手本となった。
アントワーヌ=ジャン・グロはフランスの初期ロマン主義を代表する画家で、フランス最大の色彩画家としての名声を博した。師であるジャック=ルイ・ダヴィッドもナポレオンの肖像画を手がけており、《ベルナール峠からアルプスを越えるボナパルト》は歴史の教科書でもおなじみのナポレオン像である。
クロード・ラメ《戴冠式の正装のナポレオン1世》1813年 Photo (c) RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Michel Urtado /distributed by AMF-DNPartcom
そして、クロード・ラメ《戴冠式の正装のナポレオン1世》。1804年、ナポレオンは教皇ピウス7世から戴冠され、フランス皇帝の即位。以降、1814年に退位するまでの第一帝政期には、戴冠式の衣服をまとった皇帝の肖像画や彫像が盛んに制作されている。
古代ローマの皇帝に由来する月桂冠と、歴代のフランス王室ゆかりの白テンの毛皮とビロードのマント。これらは、皇帝ナポレオンが古代の理想に連なるフランスの正統な君主であることを象徴するもので、権力者ナポレオンのイメージ戦略を如実に物語っている。
フランチェスコ・アントンマルキ《ナポレオン1世のデスマスク》1833年 Photo (c) Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand Palais / Pierre Philibert /distributed by AMF-DNPartcom
最後に、フランチェスコ・アントンマルキ《ナポレオン1世のデスマスク》。1821年、追放先の孤島セントヘレナで病に伏したナポレオン。息をひきとると主治医が石膏でデスマスクを作成し、のちのフランス国王ルイ=フィリップが入手。フィリップ国王は対立する諸派を懐柔するために、民衆や知識人らのナポレオン崇拝の動きを指示する政策をとっていたためだ。
デスマスクは、石膏や蝋で死者の顔の型を取ったものを指し、17世紀には、故人の彫像の一部としてデスマスクを告別式に飾ったりするのはごく一般的に広まっていたとされる。今日でもデスマスクはさまざまな用途で作成されており、古くはツタンカーメン、現代では川端康成や映画監督のアルフレッド・ヒッチコックなどが挙げられる。
オフィシャルサポーター・高橋一生のオススメとは
フランツ・クサファー・メッサーシュミット《性格表現の頭像》1771-1783年の間 Photo (c) Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand Palais / Pierre Philibert /distributed by AMF-DNPartcom
本展のオフィシャルサポーターを務め、実際にルーヴル美術館を訪れた俳優・高橋一生。彼が本展で特によく観てほしい作品に挙げたのが、フランツ・クサファー・メッサーシュミット《性格表現の頭像》だ。
18世紀に活躍した彫刻家・メッサーシュミットは、ウィーンのアカデミーで教務を務め、伝統的な肖像彫刻を制作していたが、次第に精神を病み離職。77年に移り住んだスロバキアの首都・ブラスティラヴァで自身をモデルにした頭部像を制作しつづけた。没後にアトリエで69点が発見され、本作はその一つである。
ぎゅっと目をつぶり、口をへの字に曲げ、ぐっと耐え忍ぶような表情。妄想に悩まされたメッサーシュミットは、顔と身体の一部をつまんでしかめっ面をすることで、症状を制御しようとしていたという。
先述したクロード・ラメ《戴冠式の正装のナポレオン1世》のような理想像を表した作品と打って変って、同じ肖像彫刻といえども、メッサーシュミットの頭像はきわめて人間的でリアリティが強い。最期まで「顔」に執着した彼の作品は新鮮で印象深く、普段から表情や顔の筋肉の動かし方に敏感な俳優という職についている高橋の目に留まったのはもっともなのかもしれない。

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