のん “好きなら好きで、あとは何で
もいい” アルバム制作を通して芽生
えた意識を語る

アニメーション映画『この世界の片隅に』で印象的な場面がある。主人公・すずが、日本の軍艦がアメリカ空軍を高射砲で迎え撃ち、そのときに上がるカラフルな煙を見て、思わず「綺麗」と感じるところだ。非日常的で、何よりまるで花火のようなきらきらした光景に、その言葉が漏れる。もちろんそこには、多くの犠牲が存在している。しかし、その瞬間に芽生える人間の感情を、私たちは安易に否定することはできない。絵を描くことが好きな彼女は、「ここに絵の具があれば」と考える。それがすずが生きる世界であり、日常であり、リアルなのだから。

すずを名演したのは、のん。2018年5月にリリースした1stアルバム『スーパーヒーローズ』を聴いたとき、同映画の地平にあるような感覚を抱いた。作詞作曲した「へーんなの」でも顕著であるように、目に映ったもの、感じたこと、それらに対し彼女は素直に反応してみせている。SNSなどでは作為的なネタが溢れ、あざとさすらありながら、しかしそれが得てしてウケるような現状だからこそ、この作品に漂う直情さは逆に新鮮であり、心が揺り動かされるところがある。今回は、そんな『スーパーヒーローズ』を通して、のんのパーソナリティに迫ってみた。
のん 撮影=渡邉一生
――今回は作詞作曲が5つありますが、曲作りを始めたのは最近なんですよね。
この1、2年です。中学生のとき、友だちとバンドを組んでいたのですが、その活動がとても楽しかったんです。当時の気持ちが再燃してきたのですが、「また音楽を始めるなら、自分で曲を作らなきゃ」と思って、そこから曲作りをやり始めました。
――以前、とある映画監督にインタビューをしたとき、「音楽の高揚感には勝てない。あれを越えることは映画ではなかなかできない」とおっしゃっていて。でも、それは確かに何か分かるんですよね。音楽のテンションの高さって、他の芸術にはない特別感がある。
そうなんですね。映画館は絶叫上映とかじゃない限り皆で騒ぎながら見る事は出来ないし、一つの形を追求していかなければならないから、音楽の高揚感とは別物なんですかね。見ていて興奮するエンタテインメントな映画も沢山あるけど、ライブをやって、その場で多くの人たちと気持ちを共有する。まさにその瞬間しかない、という点では本当に特別ですよね。
――夏の5大都市のツアーで多くの人と共有するものというのが、先日リリースされた『スーパーヒーローズ』の楽曲群ですよね。よく言われると思いますが、のんさんの作詞作曲は全体的にどれも、1980年代のジャパニーズパンクを彷彿とさせる楽曲になっていますよね。
「意外ですね」とよく言われます。最初は、可愛らしくて、ポップでロックな曲を目指していたんです。JUDY AND MARYさんに憧れていましたし、あの可愛さと格好良さが理想でした。でも、自分が思っている以上にパンクな方へ行っちゃったみたいで。
――行っちゃったみたい(笑)。
「パンクなんだね」とよく言われるのですが、そのたびに「あれ? 可愛げが足りなかったかな」って。今回の曲はどれも私の感情まかせに作ったし、1980年代のパンクはもともと大好き。だけど、「私が音楽をやるんだったら、可愛いほうがいいな」というイメージがあったので。​
のん 撮影=渡邉一生
――それって、自分に対して周りは「こういうイメージを持っているだろうから、可愛げがあるものにした方が良い」と思ったということでもありますよね。でも結果的には、普段ののんさんに近い、より素直な内容になったと。
自分の精神性みたいなものは何も考えず、キャッチーなフレーズを追い求めて作詞していったのですが、何を書いても、怒りがこもってしまうんですよね。ぬぐいきれなかったです。​
――あ、そうですよね! 実はその気配を作品から感じていたんですよ。この怒りは一体何なんだろうって。
実は私、結構、怒りん坊なんですよ。十代のときは特に多感でした。今は柔らかいですけど(と言って、パッと手を広げておどける)。私は男の子をライバル視しているところがあって。何かされたわけでもないのに、キッと睨んでいた時期がありました。いきなりフレンドリーに話しかけられたりすると、警戒したり、怪しんだり。その根底の一つにあったのが、映画やドラマなんかで、自分がやりたいような役をどれも男の人がやっていたことなんです。「こういう役って女性の役だと少ないよなあ」と考えながら観ていたら、「ずるい!」と悔しくなってきて。同世代の男性が、私がやりたいような役をやっていたりすると、いつも嫉妬します。今は睨んだりとかはしませんけど(笑)​。
――作詞作曲された「正直者はゆく」で、<分厚い壁なんかも飛び越えて>という表現がありましたが、役って、性別、演じ手のイメージで振り分けられていきますよね。でも、のんさんのその考え方は、まさに一つの壁を越えていると思います。
男性のキャラクターだとしても、「この役、私だったらどうやるか」といつも考えるんですよね。そして、演じている俳優さんを見て、「絶対に負けてないぞ」って。
――「絶対に負けてないぞ」って、すごく良い。のんさんは、本当に真っ直ぐに感情を持っていますね。
ただ、恥ずかしさのあまり、素直になれないことも多々ありますよ。この前、ラジオの収録をしていて、いただいた台本をそのままきっちり読んだんです。挨拶の部分とか。そうしたら「一字一句、そのままちゃんと読んでくださるんですね」と言われて、「あ、違ったんだ。そこまでちゃんとやらなくても良かったんだ」と何だか恥ずかしくなりました。で、その恥ずかしさを感じさせないようにするために、いきなりクールに振る舞ったりとか。「真面目なんですね」とか言われると、恥ずかしいです。​
のん 撮影=渡邉一生
――いや、でもそのエピソードを聞くと、のんさんはやっぱりとても素直ですよ。収録曲「へーんなのっ」で、<嫌なものは嫌だ/変なものは変だ>と歌っていらっしゃいますけど、いろんな物事を真正面からキャッチして、感情を吐き出している印象です。
好きなものを前にしたときも、あれこれ考えず、「好きなら好き」であとは何でもいいんじゃないかなと思っています。でも、とても好きなものがあっても、そのジャンルや作品について自分より詳しい人っていますよね。そういう人の前では、むやみに「私はこれが好きなんです」と言えない風潮がある。
――ああ、分かります。妙な知識競争が起こりますね。
そこまで深く知らないから、「好き」と言うのがはばかられる。本当はそういうものを取っ払って、「好きなんです」と堂々と言いたい。
――どの歌詞もそういうのんさんの考えが伝わって来ます。媚びていたり、迎合していたりするところが全然ない。「正直者はゆく」の<子供騙しのアイデア>というフレーズとか読んでいると、安易に一般受けに走っていない感じがします!
あ、でも実はめちゃくちゃ一般受けを狙ったんですよ!
――え、そうなんですか!(笑)。
はい(笑)。ただ、自分の意思を曲げて作ったりすることは一切なかったですね。あと、そうやって一般受けを狙っていても、結局はどこかで少しずつずれていっちゃって。だから最終的に「楽しく、おもしろおかしく、やっていこう」ってなります。​
――「あることないこと」に、<おばかなアイディアや時間>というフレーズも出て来ますが。
くだらなくておもしろい時間を、ないがしろにしたくないんです。テレビで見た面白いネタを真似したりどうでも良いことで盛り上がったり。くだらないかもしれないけど、楽しいやりとりばっかして過ごしてたいです。​
のん 撮影=渡邉一生
――興味を持った物事を、そのままストレートにやるってことですよね。今ってストレートにやるより、色々とひねった方がバズるじゃないですか。だからみんな、いかに重箱の隅をつつくかってことばかりやっている。でも、バズり目的で作為的なことばかりみんなが目指している世の中だからこそ、のんさんの真っ直ぐな表現に心が洗われて、感動するんです。
嬉しいです、そう言っていただけて。自分も、バズる、ウケるとか、そういう発想ができたら良いなと、いつも思うんです。だけど、可愛いポップロックを狙ってみても、そうならなかったりして。私は、狙ってもできないし、そんなに器用にやる力量はないので。だから「私は狙って何かをやってもしょうがない」って気付き始めてきました。​
――のんさんでも、バズるとか考えるんですね。
「バズる」とか、そういう新しい言葉を聞いて、使ってみたいだけなのかもしれないですけど(笑)。ただ、どんなことでも一度は、バズる、ウケるとか、あとインスタ映えとか、そうなることを狙ってやってみるんです。でも、何もならないんですよね。特に、インスタ映えは諦めました。
――なんで諦めたんですか。
Instagramを始めた頃はインスタ映えを少し意識していたんですけど、「全然映えないな」ってずっと感じていて。他の人のインスタを見たりしていたんですけど、難しくて。ある日、妹が東京に遊びに来たとき、インスタ映えのことを尋ねたんです。「食べているものとか、綺麗な景色を載せたらいいのかな?」って。でも、今までそういう投稿をしてこなかったから、急に食べものや景色ばかり載せ始めたら、「あ、のんがインスタ映えを意識し始めた」ということが顕著に出過ぎるかも、と言われて。それはちょっと恥ずかしいなと思いました。​
――ハハハ(笑)。それでインスタ映えは諦めたんですね。でも、のんさんの曲はちゃんと多くの人に届くと思いますよ。アルバムには「私の好きな曲」という曲も収録されていますが、きっとみんなにとって好きな作品になると思います。ちなみにのんさんは、ご自身が作る音楽、歌は「好き」と言えますか?
アルバムの制作期間は、初めてのことばかりで不安もあり、自分の作る曲に自信がなかったんです。でも様々な方から「この曲、いいね」と言ってもらえたり、素敵な方達と演奏させていただいたり、あと時間をかけて自分で練習したり聞いていくうちに、「良い曲だな!」と思えるようになりました。なので、自分の歌はとても好きです。​
――夏には5大都市ツアーでは、多くの人と「好き」を分かち合えそうですね。
とても楽しみです。5月に初めて東京でワンマンライブを経験し、「ツアーではもっともっと楽しいライブができるはずだ」という自信をつけることができたんです。今度の5大都市のツアーでは、思いっきり楽しむということに集中してやっていきたいです。
のん 撮影=渡邉一生
取材・文=田辺ユウキ 撮影=渡邉一生

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